mudan tensai genkin desu -yuki
姉のために来たと言った少女。
もし彼女のその気持ち自体が嘘であったなら、アキラはもっと早くシェラの言うことを疑っていただろう。契約自体したかどうかわからない。
けれど、姉について語る彼女はいつも真摯であった。真摯で、消すことのできない後悔を漂わせていたのだ。
少女がよく見せていた翳の理由を知ったアキラは、かける言葉に迷う。
「シェラ、俺は――」
顔色の悪い彼女に手を伸ばす。しかしその手がシェラの頬に触れるより先に、視界のはしでエジードが操作盤に向きなおった。アキラは、パネルを叩こうとするその手を制止する。
「待てよ! なにやってんだ」
「天候を変えてみたいと思っているのだが、なかなか難しそうだ。さかさまに操作するというのも大変だが、それ以前に私の技術では難しいな。壊していいのなら無理もきくかもしれないが……やはりハーディ嬢とは違う」
「はあ? ふざけんなよ。お前も都市破壊が目的か」
「いや、たんなる調査だ。ハーディ嬢、これを操作してくれないか?」
「……お断りします」
シェラの声は掠れかけてはいたが、しっかりとしたものだった。エジードは軽く頷くと、パネルから手を引く。
「ならばこれは後回しだ。先に貴女の相手をしよう。それが一番の目的であるのだからな」
男の言葉に、黒衣の代行者がすっと姿勢を変えた。アキラの正面に立つその人物は、白い仮面にあいた二つの穴からじっと彼を注視する。薄気味の悪さに、アキラは思いきり顔をしかめた。
「シェラを排除するのが目的か」
「そう。それこそがこのゲームの正解ではないかというのが、私の仮説だ。──ハーディ博士はゲーム開始前、詳しい説明を求めてきた数人に、『特殊スキル例』として彼女のスキルを伝えたのだ。おそらくそれ自体が布石だったのだろう」
「お前たちがひいきひいきうるさいから、ハンデつけてやったとかだろ」
「そうだろうか。公平を期すためだけに娘を危険にさらすと?」
シェラの体がびくりと震える。だがそれに気づいたのはアキラだけだった。
エジードは、壁面に映し出された街に視線を移す。
「ハーディ博士は、集まった私たちを歓迎しているようには見えなかった。そこに彼女の参入だ。スキルの漏洩もあって、私は博士が、故意に彼女を狙わせようとしているのではないかと考えた」
「故意に? 意味不明すぎんぞ」
「意味はある。君はこのゲームに対し、労力に成果が見合わないとは思わなかったか? プレイヤーの数とシギルの数は同じだ。全員がゴールしてしまえばゲームの意味はない」
「……それは」
確かに割に合わないとは思った。だが都市住人としては意味があるとも思ったのだ。アキラはシェラを、自都市を任せるに足る相手だと考えたからこそここまで来た。
だがプレイヤーからしてみれば、全員にシギルが用意されたゲームなど茶番にしか思えなかったのかもしれない。エジードもそうして博士の真意を疑ったのだろう。彼は自分の代行者を一瞥した。
「額面通りのルールであれば、シギルを確保する意味は薄い。だが、誰かが彼女の存在を危ぶみ排除しようとすれば、そこで篩いがかけられる。現に二人も脱落者が出ているのだ。私は彼女こそが今回のゲームにおいて、ただ一つの本当のシギルではないかと考えた」
「本当のシギル?」
「ああ。敗北して強制送還されたプレイヤーは、その場にスキルストーンを落としていく。このような処置がなされる理由とはなんだと思う?」
「俺に聞くなよ」
「考えたまえ。簡単な推察だ。――すなわち、チェンジリングのスキルストーンこそが、博士が求める本当のシギル、つまり勝利者の証なのではないか?」
ゲーム提唱者の娘。都市で暮らす歌姫の妹。
飛び入りで参加したシェラは、最初からどうあがいても目立つ存在であったのだろう。それに加えてスキルが知らされた。直接攻撃のできないチェンジリングは、好戦的なプレイヤーからすれば格好の獲物に見えたに違いない。アキラは今まで交戦した二人の男女を思い出す。
「あんたもだから、俺たちと戦うってのか?」
「ああ。一応これが仕事であるからな。システムを入手すれば次に生かせる」
当然のように答える男は、スガやマティルドと違ってシェラ個人への敵意はないようだ。
ただそのような理由があるなら、戦闘になるのはまず間違いない。身構えるアキラは、背にシェラの乾いた声を聞く。
「エジード・バレ……あなたは勘違いをしています」
「勘違い? 博士と分野こそ違えど、貴女も優れた才能を持つ一人だ。貴女でなければ空面制御塔のデータベースを誰にも気づかれずに書き換えることなどできないだろう。このゲームの乗り越えるべき壁としてふさわしい存在ではないか?」
「そういう意味ではありません。父にそのような意図などないということです。あの人が私のスキルを伝えたのだとしたら、それは単に私へ罰を与えたかったというだけのことでしょう」
シェラの口調は淡々としたものだったが、アキラの耳にそれは苦しげな吐露に聞こえた。
孤独と、悔恨をうかがわせる述懐。美しい貌がわずかにゆがむ。
「当然のことです……私はずっと姉に会いにも来ない、姉の死に際にも間に合わない薄情な人間だったのですから」
水晶を思わせる澄んだ声。それは意識してみれば、ニーナの歌声によく似ていた。
彼女の言葉を聞いたアキラは、なぜか軽い眩暈を覚える。頭の奥がちくりとうずき、目の裏に白い空が浮かんだ。
だがすぐにそのなにかも消え去る。かすかに残る記憶の残滓にエジードの声が重なった。
「貴女がそう思っているのだとしても、私は貴女を打ち破ってこの都市のシギルを取る。結果には変わりがないはずだ」
「……ええ」
少女の首肯に応じて進み出たのは、エジードの代行者だ。黒服の人物は袖に隠れていた左手を上げる。その白い手には赤いつるくさのような模様が浮かび上がっていた。アキラは鮮やかな刺青を揶揄する。
「ずいぶん派手な代行者だな」
「一応こちらも気を使ってこのような格好なのだが」
「……さっきから聞こうと思ってたんだけどよ。あんた、俺の学校に行ったか?」
カイからのメッセージを受けて確認すると、男はあっさり返した。
「いつのことか限定しない質問であるのなら。たしかに行った。君のことを知りたかったからな」
「ほんとうぜえ……いい加減にしろよ」
「お気に召さなかったか。では、そろそろ始めるとしよう」
エジードはもっともらしく宣言すると、自分は黒服の後ろに下がった。
シェラにとって、そして彼女の父にとって、この勝負にはどういう意味があるのだろう。
アキラの頭にはそんな疑問が一瞬生まれたが、彼は思考を退けた。広い室内を見回す。
――ここで戦闘は起こせない。天候制御システムになにかがあっては第二都市の二の舞だ。
おまけに倒れている管理部員もいる。アキラは来た道を頭の中で逆にたどった。
(シェラ、さっきのわかれ道、どこに出ると思う?)
(上り階段になっていましたから……おそらく最上階、展望室でしょうか)
(オーケー、じゃあ、そこまでひっぱるぞ)
黒服の代行者が一歩踏み出す。
アキラはそれをきっかけに、すばやくシェラの手を取った。踵を返し走り出す。
「ってか、先にシギルを取っちまえばいいだろうよ!」
ひしゃげた扉をくぐりながらの挑発に、エジードの「なるほど」という呟きが重なった。
アキラはそれに構わず弧を描く通路を駆けていく。転移ポートの前を通り過ぎ、ゆるやかな階段を一足飛びに上っていった。
まもなく階段の終わり、壁の右側に薄いガラス扉が見えてくる。アキラは走ってきた勢いのまま、そのドアを押し開けた。ためらわずシェラを中に引きこむ。
そこに広がっていたのは半円形の白い部屋だ。
展望室と言ったシェラの予想通り、中にはなにもない。天井は高く八角形になっており、その下には純白の床がつややかな輝きを放っていた。塔の内壁に当たる部分は全てガラス張りになっており、そこからは第八都市の景色が一望できる。
椅子の一つもないがらんとした部屋。だが中央には小さな石の台座が置かれていた。何も置かれていないディスプレイ台を思わせるそれに、アキラは息を整えながら、そっと歩みよる。平面に見える台座の上部にはなにかがはめこまれているのか、外からの光がきらりと反射していた。
「ひょっとしてあれが……」
「アキラ!」
鋭い声に、反射的にシェラの手を引いて右へ跳ぶ。
同時に風を切る音が、彼のすぐ左を通り過ぎていった。昨晩のことを思い出させる音。アキラは着地の勢いのまま、少女を壁際へと放る。
「下がってろ、シェラ!」
振り返った先には、黒服の代行者がいた。扉を片手で押さえたままのその人物は、アキラにむかって右手を上げる。道中倒れていた管理部員の様子や、今アキラたちを攻撃してきたものの気配からして、直接攻撃のスキル持ちだろう。しかも射程が広い。
アキラは次の一撃が来る前に距離をつめようと床を蹴った。遅れて黒服の後ろに現れたエジードが命じる。
「迎え撃て」
最小限の戦闘指示。
それに応えて――刺青に見えた赤いつるくさが、ゆらりと消えた。
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