曲空虚空 24

mudan tensai genkin desu -yuki

(……どうも他に侵入者がいるみたいです。データベースが破壊されていました)
(破壊?)
 明らかな異常事態に、偵察に出ているシェラは端末を確認してそう報告してきた。
 どうやら三十分ほど前に、誰かが管理部のデータベースに侵入して中をいじったらしい。それによってポートの使用許可者がクリアされてしまったのだろう。データベースを破壊した誰かは、実力行使をしながら最短で上を目指しているようだった。
 人目を避けて動いたがために、その誰かに抜かされてしまったアキラは、次のポートを操作し始める。操作盤に移動階の選択は出ない。移動先の設定は一つだけのようだ。
(とにかく戻ってこい。合流しよう。別行動はやばい)
(はい)
 空塔開放日に乗じたただの愉快犯であればいい。まずいのは、彼らと同じ目的を持った人間が侵入してきているという可能性だ。アキラは昨晩会った男のことを思い出す。
「やっぱあいつが怪しいよな……」
 だとしたらもたもたはしていられない。シェラが調べたところ、管理部もこれだけの異常とあって既に調査と避難誘導に動き出しているようだが、複数階で転移ポート自体が破壊されているらしく、激しい混乱に作業が難航しているのだという。
 アキラは、すぐに戻ってきたシェラの手を取り引き寄せると、作動ボタンを押した。景色が変わり、一面白色が広がる。眩しい光景に彼は思わず目を細めた。
 今までとは雰囲気が違う。天井も壁も床も、光輝くような白だ。アキラは壁にはめこまれた銀色のプレートを確認する。
「フロア202……」
 ──空塔最上層。
 誰に言われるわけでもなく、彼はそれを理解した。シェラを自分の背後に押しやる。
「後ろにいろよ。プレイヤーがいたらまずい」
 なにしろ相手はかなりの人数を気絶させ、捕まることなく最上層へと到達しているのだ。どういう手段を使っているかはわからないが、用心するにこしたことはない。
 ポートホールを出た先の廊下は左右に分かれていた。円形の塔の輪郭に沿って緩やかにカーブしている道は、左の方は幅広の上り階段になっており、右の方は平坦な通路となっている。
 アキラは、右の廊下の途中に倒れている男を見つけ、そちらへと歩き出した。制服姿の男をまじまじと覗きこむ。
「これ、ひょっとして首を突かれたたのか?」
 よく見ると首の血管の上にうっすらと赤い痕がある。このせいでみんな気絶しているのだろうか。アキラは疑問に思いつつも体を起こした。
「とりあえず、首かばって行ってみるか……」
 長くはない廊下の終わりには、一枚のドアがある。「天候制御室」とのパネルが埋め込まれたドア。人一人通れるほど開いている両開きのそこは、誰かが無理矢理こじあけていった形跡があった。片方のドアがゆがんでいる。
(シェラ、あれ)
(たぶん……)
 ──あそこに、誰かがいる。
 敵であるのか違うのか。シギルを確保された第二都市は、原因不明の豪雨が荒れ狂ったという。アキラは、かつて第八都市を一ヶ月以上もの間、嵐が襲ったという話を思い出し、ぞっと戦慄した。
 ――このゲームによって災害が起こるような事態は、なんとしても阻止しなければならない。
 己にかかる重圧に、アキラはあらためて緊張を覚えた。シェラがぎゅっと彼の肩を握る。
「大丈夫だ」
 彼女を安心させるため言った言葉は、彼自身をも支えた。アキラは一度深呼吸すると歩き出す。
 そして二人は、空塔最上層、天候コントロールルームに足を踏み入れた。

 円形の広い部屋は、それ自体が一つの巨大な端末であるかのようだ。
 まるでガラス張りのように百八十度見通せる都市の景色。だがそれは、窓があるというわけではなく、外の風景を壁面モニタに映し出しているらしい。あちこちになにかの数字が青色で表示されていた。
 モニタの下部には、壁と一体化した操作盤が、ぐるりと半円を描いて設置されている。それらの前には等間隔で銀色の丸椅子が置かれており、だが今は誰もそこに座っていなかった。代わりに床の上には点々と倒れ伏している人間たちがいる。
 そして正面の操作パネルの前には、それをなしたのであろう男が、さかさまに宙へと立っていた。
 灰色のスーツ姿の男は、アキラたちの気配に気づいたのか振り返る。
 なでつけられた黒髪に灰青の瞳。有能なビジネスマンを連想させる風貌はだが、上下反転していることでかえって非現実感を助長させていた。男の傍には、黒いフードをかぶった何者かが床の上に佇んでおり、おそらくは代行者であることがうかがわれる。
 昨晩もアキラの前に現れた男は、彼の後ろにいる少女を一瞥した。
「ずいぶんひさしぶりな気がするな。シェラ・ハーディ」
「エジード・バレ……」
 プレイヤーの男の登場は、前もって予想はしていても、シェラにささやかな動揺をもたらしたようだ。アキラの肩につかまる少女は、美しい顔を歪めた。
「やはりあなたでしたか」
「ああ。自分の目であちこちを見てみたかったからな。貴女のところに来るのが遅れてしまった」
 エジードと呼ばれた男は、コントロールパネルから手を引くと、感情の薄い目でシェラを眺める。
「一週間の旅で貴女のほしいものは得られたのだろうか」
「……あなたには関係ないことです。なぜ私の前に現れたのです」
「私なりにこのゲームについて色々と考えた結果だ。本当は挑戦者として貴女に挑むつもりであったが、少し早く着きすぎたようだな」
「挑戦者? 言っている意味がよくわかりません。それとも、あなたもプレイヤー同士の戦闘に意味があると思っているのですか?」
 険悪な空気のやり取りを聞きつつ、アキラは状況を確認する。
 男のそばにいる代行者は、アキラよりも若干背の低い体を足先まで黒いローブで覆っており、どのような人物かよくわからない。目深にかぶったフードの下には、どうやら白い仮面をつけているようだった。
 アキラは自分も顔を隠していればよかったか、と思いつつ、内心胸を撫でおろす。カイが代行者として連れ去られていたなら、どうしようかと思っていたのだ。だがローブ姿の代行者には少なくとも、無理矢理従わされているような気配は見られなかった。まるで空気に溶け込むように、黙って黒い操作盤の前に佇んでいる。

 一触即発、というにはいびつな空気。エジードは淡々とシェラに返す。
「プレイヤー同士の戦闘に意味があるかはわからない。競争相手を排除し権利者を減らすという点では有用だが、博士はそれを望んでいるようには思えなかった。──だが、貴女が純粋なプレイヤーかと言ったら私は違うと思っている」
「……あなたも、私には特権が与えられると思っているのですか?」
 シェラの声にはその時、自嘲的な苦さが満ちていた。
 肩をつかむ指が震えている。アキラはそっと彼女を振り返った。
 今までにも何度か見た淋しげな目。その芯にあるものは何なのだろうか。男はまじめくさった顔で続ける。
「貴女は飛び入りで参加した人間だ。経緯からして疑われてもしかたがないだろう。私も最初は考えたのだ。この勝負はフェアなものではなく、博士は貴女を勝たせることで、己が築いた技術を隠匿し続ける気ではないかと」
「そのようなことはありません。私は、父とは関係のない一参加者としてここに来ています」
「そうだろうな。でなければハーディ博士がわざわざ貴女のスキルを洩らすわけがない」
「──え?」
 その言葉の意味を理解するのに、アキラでさえ数秒を要した。
 当事者であるシェラはもっとかかったのだろう。何も言わない少女に、エジードは憐れむような目を向ける。
「貴女は勝つために送りこまれた人間ではない。プレイヤーの的として用意された駒だ。だが貴女にとってはそれでも構わないのだろう? 貴女の目的ははじめから、勝利によって得られるものではなく――亡くなった姉、ニーナ・ハーディの足跡を追うことにあったのだから」