曲空虚空 11

mudan tensai genkin desu -yuki

「マジで重い……」
「これで最後だよっ。ありがとう!」
 ずっしりと大量の色紙を入れた袋二つを、アキラは配送カウンターの上に置く。隣ではミヤが学生証を出して配送手続きを取っていた。これで明日の朝には荷物は配送ポートを経て教室へと届けられるはずだ。
 アキラは重い荷物を学校まで持ちかえらずに済んで、ほっと息をつく。
「だいたいなんで今ごろプログラム用の紙なんて買い出すんだよ」
「学校に頼んでたんだけど、発注ミスがあったんだって。明日印刷して裁断すれば間に合うよ」
「そりゃそうだろうけどな」
 アキラたちのクラスは生誕祭の初日に簡単な劇をやることになっている。
 当日舞台袖でタイムキーパーを務めるだけのアキラとは違い、ミヤは小道具や衣装準備の係と、さらには自身も役を持っていたはずだ。精力的すぎる少女を彼は呆れた目で見やった。
「それで、他には買うものはないのか?」
「あ、ちょっとある! 私用なんだけどつきあってくれる?」
「ものにより」
 配送センターの出口まで来たアキラは、伸びをするように両腕を大きくあげた。その手を宙に浮いていたシェラが取る。二人が用事を済ませている間、ふわふわと辺りを見て回っていた少女は、アキラの手を伝って肩につかまった。「ありがとう」と小さくささやかれて彼は苦笑する。
「で、私用って何?」
「衣装に使う黒いブラウスが欲しいんだ。ちょっとお店見てみようと思うんだけど」
「うわ……」
 ミヤの服の買い物など、普段であれば絶対付き合いたくない。いくつもの店を落ち着かなく移動し、結局は何も買わないということさえあるのだ。
 ただでさえ店内に居場所がないというのに、そのような買い物に付き合うのはごめんだ。
 ――いつもならそう言って断るところだが、今日はアキラにも用事があった。
「ま、ちょうどいいか」
「なにが?」
「俺も買いたいものがあるってこと」
 ミヤと一緒であれば、少女の服を買ってもそう不自然ではないだろう。
 二人は多くのテナントが入っているショッピングセンターへと足を踏み入れた。フットワークの軽い幼馴染は、エスカレーターを下りるなり、たちまち正面の店へと走って行ってしまう。
 その後をアキラはうんざりとした顔で追った。肩につかまったままのシェラが、困惑顔で覗きこんでくる。
「あの、本当にいいのです。私のものなんて」
「俺が気になるんだよ。適当に買うから、他に欲しいものがあったら言えよ」
 店に入ると、ミヤは既にシャツを何枚か手に取り見比べている。
「あ、アキラくん、これとこれ、どっちがいいと思う?」
「どっちも一緒だろ」
「襟が違うの!」
 憤然とした主張に呼応して茶色の髪が揺れた。くるくると表情の変わる顔。怒ったと思った少女は、すぐに表情を崩して笑う。
「ま、アキラくんにいいって言われても、あてにならないからいいんだけど」
「なら聞くなっつーの」
 店内には淡い色彩の雑貨や服が、白木作りの棚に乗せられ並んでいる。場違い感をひしひしと味わうアキラは、さりげなく他の客たちから顔をそむけつつ、壁際の棚に歩み寄った。
 ちょうどそこには、ルームウェアのセットが置いてある。淡い水色とピンクの二種あるそれを、アキラはスリッパまでついていることを確認してから指さした。
「どっち?」
「……青い方で」
「了解」
 上から降ってくる声に応えて、アキラはルームウェアを手に取った。まだブラウスを手に、悩んでいるミヤのところへ戻る。
「あれ、アキラくん、それどうするの?」
「買う」
「え?」
「あとちょっと相談。ミヤが何泊か旅行に行くって時、持っていくものを全部選んでくれ」
「ええ? なんで?」
「後でお礼にソフトクリームおごってやる」
「やるやる」
 甘いもの好きなミヤは、それでやる気になったらしい。持っていたブラウスを置くと、店のカゴを持ってきて色々入れ始めた。服から小物にいたるまで、みるみるうちに増えていく中身を、アキラは理解できぬものを見る目で眺める。
「女って……まぁいいか。助かった」
 勢いが怖くもあるが、いちいち遠慮がちなシェラに確認するよりよほど確実だ。アキラは友人にその作業を任せると、他の人間には見えない少女を探して辺りを見回した。
 見るとシェラは、店の隅に積まれた白いブタのぬいぐるみに手を伸ばしている。タオル地でできているらしいそれを抱き取ろうとして、自分が持っては消えて見えることに気づいたのだろう。あわてて手を離した。
「何やってんだ……」
「アキラくん、着替えって何日分くらい?」
「適当。いつまでかは決まってないけど、洗濯もできるから」
「じゃあ三、四日分にしとくよ」
「ほい」
 軽い返事をして振り返ると、カゴは二つ目になっていた。一つ目は既に服と小物であふれかえって、床の上に置かれている。
「なんつか……すげえ」
「これでも減らしてるんだからね! ……でもこれ、何に使うの? わたしを旅行につれてってくれるとか?」
「そんなわけあるか、ばーか」
 百歩ゆずって何人かで旅行に行くことがあるとしても、ミヤの分の金をアキラが出すことはありえない。「なんだ、ざんねん」と笑う少女を、彼は白い目で見た。
「だいたい、旅行に行きたいならクラスで言えよ。お前が言い出せばみんな乗るだろ」
「そうかもしれないけど。でもそれだとアキラくんは来ないでしょ?」
「ま、そうかもな」
「それじゃ意味がないから」
 目を閉じて笑うミヤは、その時まるで知らない少女のように見えた。茶色がかった髪が店の照明を受けて金に光る。笑みを刻む口元は、いつもと違ってどこか少し寂しげだった。
 普段と違う友人の様子に、アキラは自分でもよくわからぬ不安を覚える。
 しかしすぐに彼女は、見慣れた笑顔に戻ると、二つのカゴをアキラに押しつけた。
「はい、これでオッケーだよ!」
「サンクス。助かった。で、ブラウスは決まったのか?」
「あ、忘れてた……」
 手ぶらになったミヤは、先ほど悩んでいた二枚のブラウスを手に取る。一足先に会計へと向かうアキラは、首だけで彼女の方を振り返った。
「右手に持ってるやつの方が似合う」
「え、本当? てきとうに言ってない?」
「何年付き合いがあると思ってんだよ。それくらいわかるって」
 アキラは店の隅に寄ると、白いブタのぬいぐるみをカゴの中に放り込む。その頭をさっきから撫でていたシェラは、目を丸くした。
「ア、 アキラ」
「これくらいなら俺が買ってやるよ」
 大した理由があるわけではない。ただシェラが人目を気にしてぬいぐるみを手に取れずにいたのを見て、買ってしまえばいいと思っただけだ。
 シェラは白い頬に赤みを宿して微笑む。
「……ありがとう」
「ほいほい」
 山のように商品をつめたカゴをアキラがカウンターに置くと、店員はすぐに営業用の笑顔でレジを打ち始めた。ブラウスを決めたらしいミヤが後ろから覗きこんでくる。
「で、結局それ、何につかうの?」
「俺の知り合いが調べ物しにこっち来るから、それ用に」
「知り合い? 調べ物?」
「ああ。姉貴の病気について調べてるんだって」
 シェラの事情について勝手に他人に言っていいものかどうか。アキラは一瞬迷って、さわりのなさそうなところまでを口にした。天井に浮いているシェラは、申し訳なさそうな目で彼らを見る。
「なんかよくわかんないけど、アキラくんってやさしいよね」
「そんなわけないっつの。ただちょっとそいつの気持ちはわかるから、手伝おうってだけ」
 シェラが聞いているところで思ってもみない評価をされ、アキラはぶっきらぼうに返した。気まずさをまぎらわすために、紙袋を受け取るとさっさとレジの前からどく。ミヤは「お姉さんかあ」と響きを噛み締めるように呟いた。
 その声が、急に平坦なものになる。
「けどアキラくん、兄弟いなかったよね」
 ――ひさしぶりに聞くその言葉は、アキラの心にずしりと重い石を投げ込む。
 誰に訴えても信じてもらえなかった記憶。行き場のない焦燥が、彼の中で頭をもたげた。
 すぐ上に浮いているシェラが瞠目する。
「アキラ……」
「昔、そういう夢を見たんだ。兄貴がいなくなる夢」
 夢ではないと思っていた。今でもそう思っている。
 さかさまの少女へと向けた言葉に、ミヤは揺るぎなく笑った。
「でも、それは夢だよ」
 きっぱりとした現実。彼女の断言に返せるものは何もない。
 アキラは「ああ」とだけ頷いて、店を出た。

 買い物を終えミヤと別れたアキラは、その足で近くの情報センターへと向かった。
 東中央図書館に併設されているこのセンターは、第八都市にある全ての施設の情報にアクセスすることができる。その代わり使用には身分証明書が必要であり、その身分によって閲覧可能なデータが決められるというシステムだ。アキラは高校生であるため、アクセスできるデータは第三級までのものと限られている。
 彼は入ってすぐの受付端末に向かうと、個室ブースを二時間借りた。料金を払って、発行されたカードキーを受け取る。普通学生は、無料のカウンター端末を借りるものだが、今回はシェラに操作させるのだ。個室でないと都合が悪い。
「ま、プレイ資金は死ぬほどもらってるしな。あれだけあったら一年くらい個室借りられるぞ」
「そんなにはいらないです」
「プレイ期間終わっちまうもんな」
 ホール状のがらんとしたセンター内は、むき出しのコンクリート壁のせいか、冷たい空気が漂っている。アキラは、なんとはなしに高い天井を見上げた。銀色の太いワイヤーが張り巡らされている中央には、巨大な幾何学オブジェが吊り下げられている。
 彼の肩に掴まるシェラは、オブジェを興味ありげな目で見ていたが、さすがに自重しているようだ。上に降りて触りに行くような真似はしなかった。
 アキラたちは、大学生たちが数人調べ物をしているカウンターエリアを過ぎて、個室エリアへと入る。薄い壁でしきられた各個室には天井がないが、それで何が困るということもない。指示された二畳ほどのブースに入ると、彼は情報端末が備え付けられたデスクを指し示した。
「使い方わかるか?」
「はい。お借りします」
「なんか困ったら言えよ。俺、ここで課題やってるから」
 アキラは椅子だけをブースの隅に引き寄せると、そこに座った。一方シェラは高度を微調整しながら端末の前に陣取り、カードキーを差し込む。一人でちゃんと操作できるのか、アキラは不安に思って盗み見たが、少女はさかさであることに四苦八苦しながらも、自分の指でパネルを操作していった。その真剣な横顔にしばらく見入っていたアキラは、我に返るとバッグから教科書を取り出す。

 それからの二時間、シェラは一言も口をきかなかった。
 彼女は端末から目を離さず、ひたすら情報を引き出すことに没頭しているよう見えた。その集中力は怖いほどで、アキラが一度、乾いた音を立てて教科書を落とした時も、シェラはまったく身じろぎをしなかった。
 さかさまの少女はただパネルを操作しては、ひたすら画面に見入っていた。そうしている二時間は長かったようにも、あっという間だったようにも思える。
 アキラは時間が来るまで、何も言わなかった。ただ定期的に彼女の様子を窺っては、待っていただけだ。端末に何が表示されているかは角度的に見えない。だがそれを覗き込むことははばかられた。
 触れてはいけないような気がしていたのだ。
 ――画面に向かうシェラは、時おり涙ぐんでいるように見えたのだから。

 アキラはあと五分というところで、ようやく少女に声をかける。
「そろそろ時間だけどいいか?」
「あ、はい」
 振り返ったシェラは、泣いてはいなかった。そのことにほっとしつつ、アキラは立ち上がる。
「それで、どんな感じだった? どっか医療センターとか行ってみる?」
「そうですね……。制限解除して調べたので、大体知りたいことはわかったのですが」
「ならよかった、って制限解除?」
「大丈夫です。ログは改竄してあります。あなたはこの二時間、模型年鑑を調べていたことになっていますから」
「模型年鑑……そんなんあったのか」
 虚都では研究者だという彼女の能力は、伊達ではないらしい。脱力してしゃがみこんでしまったアキラは気を取り直すと、浮かんできた少女の手からカードキーを受け取った。