忌み姫 01

mudan tensai genkin desu -yuki

クリスティネを名前で呼ぶ人間はいない。
皆、彼女に面と向かっては「姫様」や「殿下」と呼ぶ。
父は彼女を呼ばない。顔を合わせようとしない。たった一人の兄も。
そして影では皆がどのように自分を呼んでいるか、クリスティネはよく知っていた。
語られない誕生。肌に刻まれたその印。
民は彼女を忌み、彼女はいずれ神の元に還る。
「忌み姫」と呼ばれるクリスティネは、その時あと2ヶ月で18歳になるというところであった。

普段、城の自室から出ることさえ嫌がられるクリスティネが何故その時ガンドナの式典に連れて行かれたのか、はっきりと教えてくれる人間は誰もいなかった。
ただ兄は不機嫌そうな顔で「父上のご命令だ」とだけ言い、それ以降は何も説明してくれない。
濃い灰色のドレスに銀の首飾りだけをつけた彼女は充分人目を引くほど美しかったが、彼女自身の浮かない表情がその魅力を減じていた。
「大人しくしていろよ」
兄の言葉に彼女は無言で頷く。
転移陣を経由し、更に馬車を使って到着した城は、二人の祖国であるイルシュトの宮殿よりも遥かに壮麗な場所であった。
これが北東の小国と五大国の一つ、ガンドナとの違いであろうか。
生まれて初めて見る他国の美しさにクリスティネは感嘆の溜息をつく。
そしてその思いは煌びやかなドレスが溢れる大広間に通された時、もっと大きなものになった。
色とりどりの華やかな衣装。
ゆったりとした上質の音楽。
まるで異世界のような光景だ。
無彩色のドレスを着た自分が場違いな人間に思えて彼女は俯いた。
各国の王族に挨拶に回る兄と離れ、クリスティネは広間の隅で所在無く佇む。
ここにいる誰も彼女の顔など知らないであろうに、何だか避けられているような、それでいて好奇の視線が時折投げかけられているような気がして落ち着かなかった。
彼女はイルシュト王家の紋章を模した首飾りを見下ろす。
それとも皆、これを見て彼女のことを思い出しているのだろうか。
イルシュトの忌み姫。
神の領域に属する女。
彼女の声を聞く者はあまねく災いを受けるという。
それは彼女が生まれたその時より既に決められていた宿命なのだ。

何故、広間を離れ中庭に出たのかと言えば、実際は逃げ出したに近かった。
明るすぎる光が、人々の視線が、普段自室に引きこもる彼女には耐えがたかったのだ。
日の落ちた中庭、薔薇の咲き誇る小道をクリスティネはとぼとぼと歩いていく。
彼女は中庭の奥で見つけたベンチに座り、ここで式典が終わるまで時間を潰すことにした。
声を出してはいけないということは、存外辛い。
幼かった頃はよく彼女はその言いつけに泣きじゃくり、母や女官たちを困らせたものだ。
だがいつも哀しげだった母が病気で早くに死に、世話をしてくれた女官たちも原因不明の病に倒れ姿を消した後、彼女は話すことをやめた。
彼女の声を聞く者は災いを受ける。
生まれてすぐ予言されたその言葉の意味を実感を以って感じ取り、彼女自身話すことを畏れてしまったのだ。
人前では完全なる沈黙を保つ彼女が口を開くのは、夜一人で寝る前に幼い頃きかせてもらった童話を暗誦する、その時だけだ。
彼女の声を知る者は生者では誰もいない。
そしてそれも、あと二ヶ月で終わるはずだった。
この夜、一つの出逢いがなければ。

ベンチに座って夜空を見上げていたクリスティネは、誰かが小道を歩いてくる音に身をすくめた。
音からして複数人。若い男たちの話し声が聞こえる。
この場を離れよう、そう思って彼女が立ち上がりかけた時、男たちは姿を現した。
招待客なのであろう、身なりのいい彼らはクリスティネを見つけて軽く口笛を吹く。
「本当にいたぞ、あれが忌み姫か」
「陰気そうな顔をしているが、まぁ美人だな。悪くない」
あからさまに値踏みする言葉に彼女は眉を顰めた。
一体どこの国の人間なのか。いくら彼女が小国の出身であり、日陰の姫といってもこのような言われ方をされる筋合いはない。
背筋を伸ばして三人の男を睨みつけたクリスティネに彼らはそれぞれ面白がるような顔になった。
「生意気な目をしてやがるな」
「すぐに泣きだす。声は出せないそうだから安心していい」
「なら遠慮はいらないな」
三人は彼女を包囲するようにじりじりと距離を詰めてくる。
その意味することを感じ取ってクリスティネは蒼ざめた。
後ろに下がりかけるが、ベンチのすぐ背後は生垣だ。
振り返ってそれを確かめているうちに男の一人が彼女の腕を掴んだ。乱暴に捻り上げられ、地面に引き倒される。
彼女ではない他の女性ならば悲鳴をあげたかもしれない。だがクリスティネは身に染み付いた習慣で唇を噛んだだけだった。
のしかかってくる男の頬を自由な左手で打つ。
軽く小気味いい音が響いて男は瞬間動きを止めた。だがすぐにその顔が怒りで歪む。
「この女……ふざけやがって!」
男は彼女の顔に手を伸ばした。その指を彼女はきつく噛む。
力が緩んだ刹那、彼女は身を捩って男の下から抜け出そうとした。
うつ伏せになり手を伸ばす。必死の細腕を別の男が踏みつけ、髪を後ろに引っ張られた。
痛みに目の前が白くなる。
何故こんな目に合わなければならないのか。
これ以上自分から何を奪おうというのか。
悔しさに涙が零れる。
その時、滲みかけた視界、遠い生垣の影に彼女は半ば身を隠して立っている人影を見出した。
彼は遠くからじっと彼女を見据えている。感情のない冷ややかな目だ。
クリスティネはその目に絶望を知る。
助けることもせず、ただ離れた場所から事の成り行きを睨んでいるだけの男は、血を分けたはずの彼女の兄だった。

イルシュトは平和な国だった。
そのはじまりは暗黒期の終わりにまで遡る。
森に小さな国土の半分を覆われたイルシュトは、伝説ではその森の神に許しを得て建国したとなっている。
建国から三百年が過ぎ、影響力の強い皇后とその息子の王、彼が恋し娶った王妃の三人はささやかな諍いを繰り返しながらも国を治め、第一王子であるアルキスも生まれると国の将来は安泰と思われた。
だが、そんなある日、二番目の子を身ごもった王妃が城から忽然と姿を消した。
王は驚き、怒り、内密で妃を探す為手を尽くしたという。
だがどれほど捜索しても彼女は見つからず、王妃の不在がもはや国民にまで噂として広がってしまった三ヵ月後、彼女はふらりと帰って来た。
生まれてまもない赤子と空白の記憶を持って。
人々は王妃の失踪を伝説にある森の神の仕業と思い、恐れ慄いた。
そして彼女が抱く赤子の、その体を見た時、王は嘆きに言葉もなかったらしい。
肌に刻まれた神の紋章。刺青ではありえない生まれながらの痣。
まもなく城付きの予言者によって赤子には予言が与えられる。
「神に近すぎるこの子の声を聞くものには災いが訪れる。
 国の安寧を保つ為には、この子が十八になった時、神の元に捧げ返さなければならない。
 さもなければイルシュトには大いなる闇が訪れるであろう」
民に忌まれ、神に還ることを約束された王女。
人は彼女を禁忌の存在として、忌み姫と呼ぶ。

兄には愛されていないのだろうとは思っていた。母は自分が殺したようなものだ。仕方の無いことであろう。
それでも、自分の屈辱を見てみぬ振りをするほど憎まれているとは思いたくはなかった。
死を約束された生において、それくらいの拠り所は欲しかったのだ。
涙が頬を伝い、息が詰まる。
クリスティネは兄から目を離さぬまま震える唇を開いた。
声を出したい。
悲鳴を。
兄の名を
叫びたい。
そうしてしまえばいい。
ここにいる全員は彼女を傷つけるだけの人間だ。
災いが訪れたとして何の後悔があろう。
神のものである忌み姫を侵そうとした彼らこそが罪人なのだ。
クリスティネは喉に力を込める。
声が形になりかけた。
空気が涙を越えて絞り出される。
そして、醜悪極まる場面を一つの言葉が打ち破った。

「俺はそういうの嫌いだ」
まるで子供のような言葉は、力のある男の声で紡がれた。
気分を著しく害しているのだろう。青い瞳には苛立ちが浮かんでいる。
秀麗な顔立ち、鍛えられた体、姿勢のよい立ち姿には威圧が漂っていた。
新しくこの場に現れた男はまっすぐクリスティネの元に歩み寄ると、上にのしかかっている男を何の警告もなく殴り飛ばす。男は軽々と弾き飛ばされた。
地面に伏し動かなくなった仲間の姿を見て我に返ったのか、残る二人の男も慌てて彼女の傍から飛び退いた。驚愕の声が洩れる。
「ファ、ファルサスの……」
「そう。お前たちはどこの国の人間だ?」
大陸中もっとも強大な国家、その次期国王の問いに彼らは蒼白になった。
無言のまま気絶した仲間を引きずると生垣の向こうへと逃げ去る。
残った男は苦笑すると膝をつき、クリスティネに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
温かい声。気遣う瞳。
もう何年も触れたことのない優しさ。
おずおずと彼の手を取ったクリスティネは、あげかけた声を嚥下してしまうと、涙をぬぐって微笑んだ。

ドレスは幸い大きく破けてはいなかった。
クリスティネは少し裂けた裾を確認し胸を撫で下ろす。
髪は激しく乱れてしまったので、ピンを抜き下ろしてしまった。
これで何とか体裁は整っただろうか、そう思う彼女に対し、しかし男の表情は難しい。
「一度着替えた方がいいかな。部屋はある?」
その問いに彼女は首を左右に振った。ガンドナと対等以上の立場にあるファルサスとは違い、イルシュトは小国であり始めから日帰り予定だ。
このまま人目を避けて馬車に戻ってしまえばそれで済むだろう。
だが先程の兄の目を思い出すとクリスティネの顔は曇った。
兄と一緒には帰りたくない。けれどどこにも行くところはないのだ。
項垂れてしまった彼女を男は服装が乱れた為だと誤解したらしい。
「じゃあこっちの部屋に来るといいよ。女官に頼めばドレスもあると思う」と手を引く。
クリスティネは驚いた。
助けてもらっただけで充分なのに、そこまでは甘えられない。
激しくかぶりを振る彼女に、彼は目を丸くすると何かに気づいて頷いた。
「ああ、ごめん。名乗ってなかった。これじゃ怪しいよね。
 俺はウィル・ノルス・テンプス・ラス・ファルサス。ファルサスの人間だ。君は?」
「クリスティネ。クリスティネ・キオ・テネブレ・イルシュトだ」
突然の名乗り。
二人は驚いて振り返る。
声を出せない彼女に代わり、その名を宣言したのは彼女の兄、アルキスだった。

アルキスは冷淡な目でウィルの傍らに立つ妹を睨む。
その視線に先程の仕打ちを思い出し、クリスティネは暗い緑の双眸に怒りを滲ませた。
険悪な雰囲気の二人に眉を寄せたウィルは彼女に確認する。
「クリスティネ? で本当にあってるの?」
「あっているが誰もその名を呼ばない。そいつは忌み姫だからな」
「忌み姫?」
そこでようやくウィルは先日弟から渡された書類の内容を思い出した。
クリスティネ・キオ・テネブレ・イルシュト。北東の小国イルシュトの第一王女。
母妃が彼女を懐妊中に失踪し、その記憶が無い為、神の領域にあると言われた姫。
彼女には声を聞いた者に災いをもたらすとの予言がされているという。
確か他国の宗教問題は面倒だから関わらないようにとの注意書きがされていたのだ。
ウィルは納得したが、彼女の兄アルキスに対しては厳しい目を向けただけだった。
「あなたは先程から近くにいただろう。なのに何故助けない」
「どうせ二ヵ月後には神に捧げられ死ぬ娘だ。助けても意味が無い」
「それが兄の言葉か!?」
アルキスの顔は知っていたウィルは不愉快に顔を引き攣らせる。
彼には母親の違う姉と弟がいるが、そんなことは思った事がない。
理解できない心情にウィルは沸々と怒りが湧き上がって来るのを自覚した。
第一イルシュトの宗教がどんなものかは分からないが、今時生贄を捧げるなど時代錯誤も甚だしい。
関わるなと警告はされていたが、こうなっては見てみぬ振りをすることはもう彼にはできなかった。
彼は握ったままのクリスティネの手を引く。
「死ぬ必要はないよ。そんなのは迷信だ」
「迷信? ならばその背にある紋章は何だ! 生まれた時からあって成長しても変わることがない!
 イルシュトに伝わる神の紋章こそがその娘が神の所有物である証だ!」
「紋章?」
そうは言われても当然ながら彼女の背はドレスで覆われており見えない。
ウィルは首を傾げてクリスティネを見下ろした。
「本当にそんなものがあるの?」
彼女は少しの躊躇を越えて、歪んだ笑みを浮かべると頷く。
その表情に今までの彼女の押し殺された年月が垣間見えてウィルは息を呑んだ。
「神などいない」とは今やその遺産がファルサスに受け継がれた魔法大国トゥルダールの思想であるが、ウィル自身も本音を言えばそう思っている。
神はいない。いるのは神と呼ばれる因果や法則、そして人外たちだけだ。
そしてイルシュトの神もまたそうならば紋章というのも何か別のものではないかと彼は疑った。
もし魔法によって刻まれたものならアカーシアで何とかできるかもしれない。ウィルはクリスティネの背中に視線を落とす。
「ちょっと見てみたいな……でもさすがに無理か」
王族の女性が家族以外の異性に肌を曝すということは一般的には、その相手の妻となることを意味するのだ。
初対面の男相手にそんなことは出来ないだろう。
姉が来ていればよかったのに、と思うウィルにアルキスは陰惨な笑みを見せる。
「見たいというのなら見せてやればいい、クリスティネ!」
久しぶりに呼ばれた名。
だがそれは飲めない命令を意味する。彼女は激しく首を振った。
「お前はもうすぐ殺されるのだ! ならばその証を彼の記憶に刻んでやればいい! このまま消えていいのか!?」
兄が何を言っているのか、何を考えているのか分からない。
クリスティネはただ否定の意を示す。
兄妹のやりとりを眉を顰めて見やっていたウィルはややあって小さな溜息をついた。
長身を僅かに屈めてクリスティネの顔を覗きこむ。
「俺はそういうの信じてないから気にしないでいい。
 けど言いなりで殺されることはないんだよ。折角生まれたんだから」
彼女の暗い緑の瞳が僅かに見開く。
沈んだ色。だが澄んだ眼はイルシュトに広がるという深い森を思わせた。
ウィルは少しその色に見惚れる。
クリスティネは彼を見つめ返すと、淋しげに微笑した。 そこには全てを既に受け入れた愚直な高潔がある。
物言わぬ彼女の纏う空気に、誇り高い精神が滲み出ているように見えて彼はその姿に気を取られた。
だがその意識をアルキスの声が引き戻す。
「他国のことだ。あなたが信じぬのは自由だが、それを妹にまで吹き込まないで頂こう」
「だが事実だろう」
「それでイルシュトが災いに見舞われたとしたら、あなたはどう責任を取る? 所詮無関係だからこそ言える戯言だ」
突き放す言葉。
それに反感を示すウィルとは対照的にクリスティネは小さく微笑んだまま頷いた。
彼の横をすり抜け兄の元に向かおうとする。
今までどれほどそうやって本当の望みを飲み込んできたというのだろう。
小さな背中に沢山のものが背負われ、彼女を圧している気がして、ウィルの胸は痛んだ。
生まれた時から若くしての死を約束された王女。
もしその宿命を変えられるとしたら、自分と出会った今をおいて他にはないのではないか?
離れそうになる小さな手をウィルは咄嗟に掴む。
そうして彼女を引き寄せながら兄との間に割って入った。
アルキスは眉を跳ね上げて妹を覆い隠した男を見やる。
「どういうつもりで?」
「どうもこうも。気分が悪い。そちらには渡せない」
「一時の憐れみなら構わないで頂こう。一応我が国の王女だ」
「憐れみのつもりはない。もしそんな紋章が本当にあるというのなら彼女はファルサスに連れて行く。
 こちらならば紋章の正体も分かるはずだ」
きっぱりと言い切った男の背にクリスティネは驚愕の目を向けた。
彼は何を言い出しているのだろう。突然の事態についていけない。
だが当事者の彼女をよそに男二人の言い争いは続いていく。
「大体そんな胡散臭い予言を信じて家族を殺そうなんてどうかしている。
 魔法が介在しているのかもしれない。ちゃんとした調査をすべきだ」
「我が国はそうやって三百年間やってきた。あなたはどんな権利を以って妹のことに口を出そうというのだ?
 未婚の王女を連れて行くなど常識を疑われる。それがファルサスのやり方か?」
「できればそれは伝統にはしたくない、からちゃんとする。
 彼女に求婚し俺の婚約者とすればいいだろう」
さすがのクリスティネもウィルの最後の言葉に声をあげそうになった。咄嗟に口を両手で覆う。
だが妹とは対照的にアルキスは瞬間、ひどく安堵した顔になった。幾許かの沈黙の後、静かな声がクリスティネにかけられる。
「クリスティネ、ファルサス王子に紋章をお見せしろ」
ウィルが彼女を振り返る。
明るい夜空を閉じ込めたような青い瞳がクリスティネを捕らえた。
そこには畏れも拒絶も何もない。ただ温かなだけだ。
彼の大きな掌がそっと彼女の頬に触れた。ウィルは顔を近づけると囁く。
「見ておきたいけど嫌なら別にいいよ。でも一緒にファルサスに行こう。何とかするから」
「クリスティネ、半端な気持ちでご迷惑をかけるな。自分で決めろ」
優しい声と厳しい声。だが二人の意図するところは同じだ。
突然立たされた岐路に彼女は混乱する。
今まで自分の生は十八歳で絶たれるのだと思ってきた。
城の自室に閉じこもったまま全ての時を終えるのだと。
だが急に新しい道がここに開かれたのだ。
少しだけ期待が生まれる。
自分は生きていてもいいのだろうか。災いとは迷信なのだろうか。
今ここで彼と共に行くことは、国や民への裏切りにならないか。
クリスティネはウィルの肩ごしに兄を見やる。
彼は強く真っ直ぐに妹を見つめていた。そんな風に兄に見てもらったことなど幼かった頃にしか記憶にない。
胸の奥が疼く。
ここが岐路というのなら、もしまだ可能性が残されているのなら
クリスティネはそれに縋ってみたいと、思った。
彼女は意を決するとウィルに背を向ける。
首の後ろから続く釦に手をかけた。
うなじの少し下、白い肌の上に刻まれた紋章が露わになる。
彼女の掌ほどの大きさの紅い紋章はウィルの視界の中、禍々しさよりもどこか神秘を帯びてその存在を主張していた。