幕切れ

禁転載

夜の庭園は無残な有様だった。
灰色の石畳はあちこちがめくれあがって砕け、大きな穴が開いているところも多い。
美しく刈り込まれた植木は半ば焼け墨となって、周囲に異臭を放っていた。
太い石柱によって囲まれた噴水が粉々に砕け散っているのを見て、男は息を飲む。夜、寝ているところを兵士たちに起こされた彼は、身分にふさわしくない簡略衣のまま破壊された庭園を見回した。傍らの兵士に問う。
「これを、あいつが?」
「目撃した者の話によると、確かにエルシリア殿であったと……」
自分が使役する女の名を挙げられ、男は顔を険しくさせた。彼は、庭の奥に感じ取れる気配を探って顔を上げる。
「エルシリア……」
―――― 彼女はまだ近くにいる。
男はそれを感じて足を踏み出した。護衛をその場に留めると、一人闇深い庭園の奥へと進んでいく。白い石の破片が転がる小道を慎重に越え、植え込みをかき分けた。そして月光の差し込む小さな広場へと出る。
目に入ってくる銀色の光に男は目を細めた。長い銀色の髪。つややかにたらされたそれは、彼のよく知る女のものだ。
男は、広場の中央に背を向けて立っている彼女の名を呼んだ。
「エルシリア」
「……ようやく来たか、オーティス」
女は振り返る。黒い夜色の瞳に白く透き通る肌。人外のものに多く見られる、冴えきった美貌を男は睨んだ。女が手に握っているものを見て、低い声で問う。
「何故殺した?」
「まだ生きている」
女はその指に長い金髪を絡めていた。陽光に似た輝きを宿す金髪は、別の女の首へと繋がっている。
少女のものに見える生首を提げたエルシリアは、その首を優しげな目で一瞥した。何をするつもりか悟ったオーティスは叫ぶ。
「やめろ!」
けれど制止の声は何の効力も持たない。
無言での力の行使。少女の首は軽い音を立て弾け飛んだ。
後に漂う黒い霧をエルシリアは手で払う。その仕草はひどく優美で、何の感情も拘泥も見られなかった。冷えた月光が女の背を滑り落ちていく。
エルシリアは、オーティスが契約した最初の魔族だ。
十数年間共にいた、もっとも信頼していた女の凶行に、彼は自分の体が冷えていくのを感じる。先程と同じ問いが夜の庭に響いた。
「何故殺した」
女は微笑む。
「魔族同士の争いに理由が必要か? 王よ、おぬしとの契約も今宵限りだ。妾はこの国を去る。後のことは好きにすればよい」
「エルシリア!」
彼女は片足で地を蹴った。宙に浮き上がるその姿は音もなく消え、後には静寂が残される。
夜の庭に降りそそぐ月光。誰もいない広場をオーティスは見回す。






魔法士の国トゥルダール。この国を作りし王には十四人の魔族が仕えている。
王によって召喚された彼ら、強大な力を持つ魔族たちは「王の精霊」と呼ばれ、荒廃した世にあって国の守護に力を貸していた。
そのうちのもっとも古き一人が、もっとも新しき一人を殺して出奔した事件。
この一件により建国王オーティスは玉座を離れると、国を残る者たちに任せ、ある日いずこともなく姿を消したという。
その後の男の足跡については、どこの記録にも残ってはいない。