メールで失礼します

12/26 18:50

禁転載

初めてメールを差し上げます。
私、真弓智明と申します。
本日妹のパソコンを整理したところ、昨日の日付であなた宛に保存された下書きメールを一通見つけました。
気になって目を通してみたのですが、正直それを読んでも何のことかよく分からず、混乱するばかりです。
ただもしかして、あなたは妹について何かをご存知なのではないかと思い、失礼ながらメールをさせて頂きました。

私はあなたのことをよく存じ上げないのですが、あなたは私の妹、真弓早紀子とは、友人でいてくださったのでしょうか。
妹のメーラーには他に一通のメールも、登録アドレスもありませんでしたので、あなたへのメールに少々特別なものを感じております。

あなたは早紀子のことをいつからお知りになったのでしょうか。
やはりあの事件以後なのでしょうか。

あの事件というのは、ご存知かもしれませんが、早紀子が中学二年生の時の事故のことです。
中学二年の冬、ホームの隅で電車を待っていたあの子が突然線路に落ちまして……。
幸い来ていた電車は別のホームに入ってきた為、命にかかわる事故にはなりませんでしたが、あの子は体のあちこちを打撲し三日ほど入院いたしました。
ただその事件がよほど怖かったのか、それまで気の強い性格だった早紀子は、人が変わったかのように明るく聞き分けのよい少女になりまして……その頃から友人も増えました。
今は、それ以前のあの子を知っている人間はほとんどおりません。
私と両親と……それくらいでしょうか。

妹は、こう言っても両親などは信じてくれませんが、繊細な子供でした。
傷つきやすく、否定されることが怖くて、強気に振舞うことでそれを隠しているような子と言ったらいいでしょうか。
ただそういった態度が他の子供には受け入れられなかったようで、子供の頃妹は、空想上の友人と二人でよく遊んでいました。
イマジナリーフレンドというのでしょうか。あの子はその友人に「マユミ」と名前をつけ、心の慰めにしていたのです。

ホームの事故からは妹に友人も増えましたが、その実深い付き合いをしている相手は一人もいないのではないかと、私は気になっていました。
結局あの子の友人はいつまでも「マユミ」一人ではなかったのかと、今になって、私はそう思います。
もっとももう真実は分からなくなってしまったのですが……。

私は、あなたへのメールの下書きを見つけた時、はじめに動転し、次に恐怖しました。
今、これを書いていても、本当にこのメールを出していいのか分かりません。

マユミさん。
もしあなたが、あの「マユミ」であるなら。
あなたはずっと、早紀子の友人でいてくれた。
あの子を支え続けていてくれたのでしょう。兄として、お礼を申し上げます。

ただ、私はまだ、未だに少しも分からない。整理が出来ない。
理由が分からないのです。妹は何故、一人電車に飛び込んだのか。
大学が楽しいと言っていた。
彼氏が出来たと、嬉しそうに言っていたのです。
私は早紀子のそんな一面ばかりを見て、彼女の悩みを何も知らなかった。
あなたは、その理由を知っていますか?

そしてもう一つ。
早紀子は、まだどこかにいるのでしょうか。
いるなら私は、妹ともう一度話がしたい。彼女の言葉が知りたい。
メールを出すならば、私に出して欲しいと、伝えて頂きたいのです。


このメールを送信してどこに行き着くのか、私は分かりません。
宛先不明で戻ってくることを期待しているのかもしれない。
でもそれ以上に、誰かに届くことを願っています。

P.S
早紀子
もしお前がこれを読むことが出来るなら
どんな恨み言でも聞く
だから
戻ってきて欲しい
俺は、お前がもういないなんて信じられないよ
あんなになっちまったものが、お前だなんて思えない
お前がいなくなって、まだたった一週間だ
これがこの先ずっと続くなんて信じられない
早紀子
どうか戻ってきてくれ