禁転載
かつて大人たちと旅をしていた頃、彼は「妹大好き人間」と散々同行者にからかわれていた。
その言い様には色々反論もしていたが、ディアドとなった現在ではあまり真剣に否定する気にもなれない。
或いは家族を大事にしていると臆面もなく認められるようになったことこそが、成長した証なのかもしれないだろう。
だからその日アージェは、主人から耳馴染んだ問いをかけられても顔を顰めたりはしなかった。ただ少し首を傾げる。
「何ですか急に」
「だ、だから、アージェって今でも妹さんのこと好きなの、って……」
「好きですよ」
「!!!」
昔は身分を隠してよく彼のもとに遊びに来ていたレアリアだ。彼が「妹大好き人間」とからかわれていたことも勿論知っている。
知っているからこそ確認してきたのだろうが、アージェが肯定するとレアリアは妙に衝撃を受けた表情になった。
彼はそこで初めて顔を顰める。
「何ですか」
「そ、それってどういう好き?」
「普通の好き。っていうかどういうって質問がよく分かりません」
「だ、だって」
執務机の上でじたばたと暴れる女皇は泳ぎの練習でもしているようである。アージェはその様子をしばらく面白く眺めた。
やがて力つきたのかばったりと机に伏したレアリアは、よろよろと顔を上げる。
「アージェ」
「何ですか?」
「わ、私は?」
「…………」
意味がよく分からない質問だ。何を聞きたいのか断片的過ぎて分からない。
だが、聞き返そうにもレアリアは既に不安と期待いっぱいの視線を彼に注いできている。
アージェは子犬を前に餌袋を抱えている気分になった。それを適当にあげるべきか、きちんと状況を確かめるべきか迷う。
「……陛下は俺の主人ですよ」
「そ、そうだけど。それだけ?」
「妹ではないですね」
「そうね……年上だしね……」
何だかぐだぐだに沈静化しそうな気配である。
青年はほっと安心しかけた半分、見るからに落ち込んでしまった主人を見て罪悪感が湧いた。
書類の海に沈みこんでしまいそうなレアリアに付け加える。
「主人ですから。妹よりも大事です」
「え。で、でも」
「本当ですよ。何よりも大事です」
目を丸くしたレアリアは、我に返ると赤くなった頬を両手で押さえた。何度も頷いて彼を見上げる。
光と影。共に同じ道を行く女皇と騎士。
アージェは愛らしい女皇の姿を見ながら、改めてかつて友人であった女に己の身を捧げることを誓ったのである。
Copyright (C) 2010 no-seen flower All Rights Reserved.