小さな悩み

禁転載

氷の女皇とも言われ、周囲の人間に畏れられているレアリアも、人並みに弱味があれば悩みもある。
その両方は微妙に関係していることであり、だから彼女は昼食後の一時、緊張を顕にして己の騎士を見ていた。
話題の流れで「最近クラリベルが大人びてきた」と口にしたアージェは、彼女の緊張も知らず木陰でお茶を啜っている。
レアリアは大体空になった弁当箱を見下ろすと、改めて青年を見上げた。
「あ、あの、アージェ」
「何ですか、陛下」
「アージェはやっぱり、大人っぽい女の人のが、す、好きなの?」
「うん?」
突拍子もない質問。
何故そのようなことを聞かれるのか、流れがさっぱり分からない彼は首を傾げた。自分の手で茶器からお茶を継ぎ足す。
「別にそういうことを気にしたことはありません」
「こ、子供っぽくても平気?」
「それ、俺が変態かどうかを聞いてるんですか?」
「違うってば!!」
両手でばんばんと自分の膝を叩くレアリアは、非常に切羽詰った表情である。
アージェは急な大声に吃驚して主人を見返した。
「えーと……つまり変態になれと」
「違うの!! ちょっと待って! もう!」
何だか分からないが、怒られているということだけをアージェは理解した。
彼は「待って」という命令を受け入れて沈黙する。

一方レアリアは、非常に言いにくそうに膝の上で指をもじもじさせた。
微妙な空気の静寂が一分を過ぎた頃、彼女はようやく口を開く。
「む、む、むむ……」
「むむむ?」
「アージェは黙ってなさい!」
「すみません」
「むー!」
「…………」
主人の挙動不審に、少しは慣れているアージェは、お茶を啜りながら続きを待つ。
やがてレアリアは肺の中の空気全てを吐き出すように、意味のある文章を口にした。
「む、胸が小さいと、だ、だだ、駄目?」
「……胸が小さい?」
「復唱しない!」
「……すみません」
理不尽に怒られ続けるアージェは、この話題がレアリアにとって非常に起爆要素のある問題らしいということを察した。
ここで返答を間違えれば、おそらくレアリアには泣かれ、何故か巡り巡ってエヴェンに怒られる。
彼は(彼なりに)真剣に考えた。
「女性の話でいいんですよね?」
「確認しない!」
「……別に駄目ということはないと思います」
「本当に!?」
途端に喜色を浮かべるレアリアは、それでも安心しきれないと思ったのか、重ねて問うてきた。
「み、見た目全然なくてもいいの!?」
「いいと思います。(俺には関係ないし)」
「よ、よかった!」
両手を広げて飛びついてくるレアリアは、危うく弁当箱と茶器をひっくり返すところであったが、アージェはあらかじめ彼女が怒ってひっくり返すのではないかと、それらを片付けていた。
青年はぎゅうぎゅうとしがみついてきた主人をなんとも言えない顔で見下ろす。自己を律しようとする視線が、不意に納得の光を帯びた。
「あ、ひょっとしてレアは自分のこと気にしてるのか」
「……!!」
「別にそのままで充分綺麗だからいいと思うけど」
「う」
彼が思ったままを口にすると、レアリアは腕の力を緩めた。真っ赤になった顔で恐る恐るアージェを見上げる。
「……ほんとう?」
「あとさすがに抱きつかれると分かります。から、そういうことしない方がいいです」
「!!」
主人の軽挙を諌めつつ、安心させようとする言葉。
アージェなりに考えた忠言はしかし、次の瞬間「ばか!」と平手によって返された。
顔を隠して逃げ去っていく女皇の背を、彼は呆然として見送る。
そのまま呆然としているわけにもいかないので片付けをして仕事に戻った。

数時間後、エヴェンと出くわしたアージェは「陛下に殴られる気持ちが分かった」と言ったが、男からは「拳で殴られる気持ちを味わえよ」と激しく腕を握りつぶされたのだった。