禁転載
「ア、アージェ、これ食べて……」
「ん。―――― あ、玉子焼き焼けるようになったのか」
「う、うん!」
今になって思えば不恰好この上ないそれを、少年は何も言わず食べて、誉めてくれた。
そのことをレアはよく覚えている。
目の前のテーブルに置かれた弁当箱には、彼女自身が作った惣菜が綺麗に詰められている。
この二年間欠かさず練習を続けていた料理。
当初何も知らなかった彼女は、用意されてきた空箱を「何か不思議なもの」として眺めたものだが、今はそれさえも代わりのない思い出と結びついていた。どのような失敗作を持っていても、必ず全部食べてくれていた少年のことを思い出す。
「アージェ」
―――― 来るな、と言われてしまった。
それは半ば予期していたことで、だが実際に聞くと目の前が暗くなるような絶望があった。
だがそれでもいつかのように蹲ってしまわなかったのは、彼の自由を尊重したいと思ったからだろう。
レアは目を閉じて零れそうな感情を押し流していく。
彼が拒否しているのは「女皇」としての彼女なのかもしれない。
だからただの友人としてならば再び会ってもらえるのではないかと、考えたこともあった。
そんなささやかな期待を込めて料理を作り続けていたのだ。
だが無数に出来上がったそれらを、彼女は一度も彼のもとに持っていけないでいる。
この日も自分の執務机に持って帰ってきた「お弁当」を、レアは頬杖をついて眺めていた。
―――― 蓋をして、包んで、彼を訪ねる。
それだけのことが怖くて出来ない。もう一度、完全に拒絶されることが怖いのだ。
レアは犬の形に整えた玉子焼きを見やった。蓋をしようか、食べてしまおうか迷う。
彼のものではない男の手が伸びてきたのは、レアが蓋に手を伸ばしかけた時のことだ。
いつの間にやって来たのか、書類を抱えたままのエヴェンは、ひょいと犬の頭を摘んで自分の口の中に入れる。そのまま唖然とするレアをよそに、もぐもぐと食べてしまった。そして食べ終わると、主君にいい笑顔を向けてくる。
「美味しいですよ、陛下」
「……首」
「ああ、体部分も頂きます。このままじゃ見栄えが怖いですね」
「お前の首を刎ねてやるわ!」
「まじですか!? つまみ食いで死刑?」
怒りに震える女皇の攻撃を恐れてか、男は書類を置いてさっさと執務室を逃走してしまう。
残されたレアは歯軋りして扉を睨むと―――― その後涙目で、もそもそと残りの弁当を食べてしまったのだった。
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