禁転載
女皇の執務室は、ぴりぴりとした厭な雰囲気に満たされていた。
その原因たる存在は、まぎれもなく部屋の主人の女である。
彼女は騎士の一人である男が持ってきた報告書に署名をすると、それを無言でつき返した。
受け取った男はにやにやと笑っている。レアリアは形のよい眉を寄せた。
「何?」
「いやー、歴史に残りそうだなあと思いまして。
―――― 二人の騎士に振られた女皇って史上初めてじゃないですか?」
ぴしりと、空間にヒビが入るような音がした。
レアリアは射殺したいほどの視線を以って、親衛隊の一人である男を睨む。
顔だけは美しく整い、貴族のようにも見える彼は、実際ケレスメンティアに古くから存在する家柄の出だ。
前女皇の治世から宮廷に出入りしていた彼は、性格の悪い笑顔を見せた。
「普通ないですよね。最初のディアドに出奔されて、次のディアド候補にも拒絶されるって。
むしろ逆に凄いってか……。ディアド不在の期間が一番長い女皇なんじゃないですか?」
「エヴェン、黙りなさい」
「やっぱディアドってその血統じゃないとなれないってのが問題ですよね。
誰でもなれるならさすがに体面悪いから、適当に他の人間つけたでしょうし」
「黙りなさい。聞こえないの?」
「そしたら俺がなってもよかったですよ」
にやにやとした表情。
しかしその奥に感じ取れる真実に、レアリアは片眉を上げた。見定める目で男を眺める。
「お前が?」
「ええ。きっちりしっかり陛下をお守りしますよ。もっとも今でもやってますけど」
「私にもディアドを選ぶ権利があるわ」
「そんなひどいこと仰らない下さいよ。確かに俺、裏切りそうですけど」
「裏切っても構わないわよ」
いつでも笑顔を崩さない男。彼女自身は放置しているが、その顔のよさを使って女を見る度口説いているという騎士に、レアリアは薄い微笑を向けた。一方エヴェンはそれを聞いて驚いた顔になる。
「裏切っても構わないと?」
「構わないわ。そうしたらお前の首を即、刎ねてやるだけだから。
―――― もっとも今でも、それには変わりがないけれど?」
臣下の戯言にきつく返して、レアリアは「さっさと行きなさい」と命ずる。
エヴェンは肩を竦めて執務室を逃走した。
誰もいない廊下に出た男は軽く口笛を吹く。
「それにしても……あの怖い陛下が、ディアド候補の前じゃはにかみ屋だったっていうんだから……
―――― 情報が間違ってるんだな、きっと。想像出来ないし、むしろ怖い」
神への祈りの定型句を呟きながら、男は執務室の前を離れる。
彼の知らない女皇の姿が真実であったか否か、この国にそれを知るものは、少ない。
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