禁転載
あなたこそが王。
そして私はあなたを癒さぬ剣。
※
森の中を満たす霧は、触れるもの全てに細やかな水滴を纏わりつかせるほど厚く重いものだった。
沈黙し立ち並ぶ木々の間を霧はあますところなく埋め尽くし、葉々が鳴る音さえも吸い込んで一帯を覆いつくす。
月の光も入り込まぬ夜の景色は人の中に眠る祖からの恐怖を呼び起こし、その逡巡を顧みぬかのように揺るがぬ姿を保ち続けていた。霧に濡れた草花が感情なく震え、小さな一滴を闇の中に落とす。
霧は始終この森を覆っている。
だがそれは昼には靄のように薄くなり、森に隣り合う小さな村から人間が薪を取りにくることもあった。
実際アージェもそうして週に二度は森を訪れていたのだ。
しかし彼が立ち入るのは森の入り口付近だけであり、その奥に分け入るようなことは決してしない。そう三年前の、一度きりを除いては。
そして今夜また、自らに課した禁を侵そうという少年は、蒼ざめた顔で一人長剣を手に森の中をゆっくりと踏み進んでいた。重くはない彼の足取りを受け止める度、湿り気を帯びた草の音が響く。
(行くの? 行くの? アージェ)
「行くさ」
彼にしか聞こえぬ声。姿を見せぬ「彼ら」は子供の声で哄笑を上げた。
それが幻聴であるか否か、アージェは考えることをしない。
幻聴であれば自分が異常であるだけ、そうでないのなら彼らは「よくないもの」だ。
どちらに転んでも悪い結論しか待っていない問いにわざわざ答を与えることはない。
十五歳のアージェは自分に関する異質を既にそう割り切っていた。
(行ったら死ぬよ。アージェ。死んでしまうよ)
「死なない。俺は帰ってくる」
(愚かなアージェ。可愛いアージェ)
「黙れ」
手袋を嵌めた左手の人差し指が疼く。それは否応なしに三年前のことを思い出させたが、彼は草を踏み分ける歩みを止めようとはしなかった。手入れもろくにされていない刃こぼれした長剣で一歩先を探りながら進んでいく。
夜は深い。闇は果てしない。けれど後戻りはもう出来ないだろう。もとよりするつもりもない。
たとえ彼の目にこの霧が漆黒に映るとも、これは彼以外には歩むことの出来ない道なのだ。
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