偶然のお茶会

mudan tensai genkin desu -yuki

偶然とは何処から使うべき言葉なのだろう。
少なくともティナーシャはルクレツィアの住居を訪れた時、そこに「沈黙の魔女」を見出してもまだ偶然とは思わなかった。
久しぶりに会う相手に驚きを滲ませてその目的を問う。
「どうしたんですか。貴女がルクレツィアのところに来るなんて」
「魔法薬の調合について聞きにきただけだ」
「あ、なるほど」
「ティナーシャ、来たならお茶淹れてよ。手が離せないの」
隣の調合室から家主の声だけが飛んでくると、ティナーシャは文句も言わず厨房に向かった。
この家でお茶を淹れることは、半ば彼女に割り振られた当たり前の役割である。普段ならばその間、ルクレツィアが菓子を用意するのだが、今日はそれどころではないらしい。ティナーシャは戸棚にしまわれていた焼き菓子の中から魔力の香のしないものを選び出すと皿に盛った。お茶とあわせてテーブルに運ぶ。ラヴィニアは片眉を上げて、年下の魔女を見やると「すまんな」とカップを受け取った。
「今日は一人なんですか? 娘さんがいたでしょう」
「夫が見ている。少し熱を出しているんだ」
「ああ」
ひょっとして子供の為に魔法薬の調合を聞きに来たのだろうか。
五年前ラヴィニアが結婚したという話はティナーシャも知っているが、詳しい家庭事情まではよく知らない。
魔女であることを隠してファルサス北部に住んでいるらしい沈黙の魔女の人生に、ティナーシャは一瞬思いを馳せた。塔に引きこもっている我が身を振り返る。その時、四つの薬瓶を両手に持ったルクレツィアが戻ってきた。彼女はにんまりと笑ってティナーシャの隣に座る。
「なになに? あんたも子供が欲しくなった?」
「いえ。何故そんなに発想が飛躍するんですか」
「人の家族について聞くなんて珍しいと思って」
「そうですか?」
確かにティナーシャは人付き合いがよい方ではないが、世間話もしないほど無愛想なわけではない。
知人の娘について聞いたからといって「珍しい」などと言われるほどのことだろうか。
首をしきりに捻りながら彼女がルクレツィアの分のお茶を淹れに立つと、その間に魔法薬の説明が始まった。ティナーシャが調合の要点に聞き耳を立てつつお湯を沸かしていると、扉を叩く軽い音が聞こえる。
「ルクレツィア、お客ですよ!」
「あら珍しい。ティナーシャ出てよ。侵入者だったら何処かに飛ばしといて」
「いいですけど」
この家の周りには結界が張られているというのに侵入者など入ってこられるのだろうか。
一応構成を組みながらティナーシャは扉を開けた。そしてその向こうにいる人物の意外さに絶句する。
「久しぶり、ティナーシャ。あれ、ここ、ティナーシャの家?」
「カサンドラ……」
四人の魔女が一堂に会するなど何十年ぶりか。
ティナーシャはここに来てようやく「かなりの偶然だ」という感想を抱いたのである。



カサンドラは放浪癖のある魔女だ。
彼女は普段占い師としてあちこちの街を旅しているが、時折気紛れで契約者を取りその契約を果たす。
ティナーシャが契約者を塔の達成者と限定しているのに対し、カサンドラの基準は曖昧であるが、つまりは気に入るか気に入らないかの問題なのだろう。今もそうして一つの契約を終え遊びに来たという魔女をティナーシャは珍しいものを見る目で眺める。
「契約って何して来たんですか」
「山を一つ結界でくるんで欲しいって言われたからくるんだ」
「わぁ……」
何ということのないように言ってはいるが、それを一人でやるというのは中々面倒なことである。
もっともここにいる全員はやろうと思えば方法こそ異なれど同じことを実現出来るだろう。
白金の髪の魔女は何を考えているのか分からぬ蒼い瞳で全員を見回すと、脈絡もなく呟いた。
「占いでも、してあげようか? 折角だから」
「不要だ」
「私もいいです」
「ラヴィニアと、ティナーシャは、いずれ繋がる」
「いいって言ったのに! しかも何それ!」
カサンドラの占いは「あたる」。
それも魔法を使っているわけではない。何の魔力も介在していないのに何故かあたるのだ。
特殊能力なのか、勘が鋭いのかは分からないが、後者だけでは説明出来ないような未来のことも言い当てる。
だがその代わり彼女の占いは予言というほどはっきりしたものではなく、ものによってはその時にならなければ意味が分からぬような謎めいた言葉となることも多かった。本人曰く、もったいぶっているわけではなくそうとしか言えないらしい。
今もどう解釈したらいいか分からぬ言葉にティナーシャは形のよい眉を寄せた。
「私とラヴィニアって、魔女だって以外にほとんど接点ないんですけど……」
「だな。意味が分からん」
「わたしも分からない」
「なら言わないで下さいよ!」
わけの分からぬ落ち着かなさにティナーシャは手に取った焼き菓子を指で弾く。それを再び空中で掴む彼女にルクレツィアは人の悪い笑顔を見せた。
「いいじゃない。私だって占ってもらいたいのに」
「なら占ってもらえばいいじゃないですか」
即座にティナーシャが返すと、残る三人の魔女はそれぞれの表情で顔を見合わせた。ほぼ同時に全員が口を開く。
「ルクレツィアは無理だ」
「駄目なんだよね、私」
「分からないもの」
「……へ?」
どうしてルクレツィアだけ無理なのか。初めて聞く話にティナーシャが目を丸くしていると、ラヴィニアが補足した。
「カサンドラの占いは、自分より後に生まれた者にしか効かないんだ。だからルクレツィアのことは分からない」
「あ、そうなんですか……って、ルクレツィアの方が年上なんですか!?」
ティナーシャの知る限り、カサンドラが生まれたのはトゥルダール建国と同時代である。
それよりも古いというルクレツィアの生年に彼女はさすがに唖然となった。当の本人はお茶を飲みながら嘯く。
「いつ生まれたんだっていいじゃない? そんな昔のこともう忘れちゃったし」
「いや、それはいいんですけど……。さすがに驚くじゃないですか」
もっとも年若い魔女が嘆息するとルクレツィアは舌を出した。
彼女から常々感じる底知れなさはその年齢のゆえなのだろうか。途方もなさにティナーシャはこめかみを掻く。
「それにしても……一体、何処の国の出身なんですか? ルクレツィア」
ティナーシャをはじめ、カサンドラ、ラヴィニア、レオノーラが生まれた暗黒時代は国の興亡が非常に激しかったのだ。
その為出身国を聞けばいつの時代の生まれか大体見当がつく。
だからこそ彼女は「時代」ではなく「国」を聞いたのだが、ルクレツィアは華やかな美貌に妖しげな笑みを浮かべた。
赤く塗られた爪が何もない天井を指差す。
「国なんて無いわよ」
「はぁ……」
―――― 時代を聞けばよかったと、ティナーシャが思ったのはずっと先のお話。



「ともかく四人が揃うなんて珍しいから何かする? あ、ちょうどやってみたかった実験が……」
「断る」
「あ、私もう帰りますね」
「自分で飲めば? ルクレツィア」
「付き合い悪いわね。あんたたち……」
国さえも容易に滅ぼしうる魔女たちは、こうしてひとときお茶を共にし、そしてまた去っていった。
「魔女の時代」とまで呼ばれ恐れられる彼女たちの、これが知られざる日常である。