無知の時代のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

「ちょっとだけよ。今から行けば夕方までには帰って来られるから」
「でも姉上……」
渋い顔をする弟にフィストリアは片眉を上げる。少女の類稀な美貌が挑発的なものに変わり、細い足が乱暴に組まれた。
窓辺に座る姉に十二歳のウィルは肩を竦める。
「城を抜け出したりしたらラザルが困るよ。母上にも怒られるし」
「大丈夫。転移で移動するからすぐよ。ちょっと遺跡の中を探検してくるだけだし」
「でもなぁ……」
「つべこべ言わないの! 行くの? 行かないの?」
力が有り余っているらしき姉は先程からウィルに「遺跡を探検しよう」と誘ってくるのだが、さすがにそれは不味いと彼にも分かる。
王の子である彼らが勝手に外に出てはそれだけで問題であろうし、ましてや遺跡の中など何があるか分からないのだ。

だがそれはあくまでも彼の持つ建前であって、本音を言えばウィルも外には出たいし、冒険もしてみたい。
まだ若い少年の心は姉の押しに揺れて、次第に「行ってもいいかな」と傾きつつあった。ウィルは腕組みしたまま姉を見上げる。
「本当にばれないかな」
「平気よ」
「うーん、ならちょっとだけ……」
「何がちょっとだけなんですか?」
冷ややかに響く声。部屋にいるはずのない第三者の声に、二人の姉弟は硬直した。
おそるおそるの視線が部屋の入り口へと向けられる。
そこに立っている女は白い両腕を腰に当て、闇色の半眼で子供たちを順にねめつけていた。フィストリアをそのまま大人にしたような容姿が険を帯びる。
「自分たちの身分を弁えなさい! 勝手に抜け出そうとするなんて……。それ程余力があるなら表に出るといいです! 稽古をつけてあげます!」
「か、母様」
「ティナーシャ様……」
二人の子供は「ごめんなさい!」と口々に謝ると部屋を飛び出していった。
無人になった部屋を背にティナーシャは廊下に戻ると溜息をつく。
「まったくもう。誰に似たんですかね、あの二人は」
旺盛すぎる好奇心をぼやく声。王妃の呟きにたまたま通りがかったラザルは苦笑を見せた。
―――― ただそれは答を知っていながらも口にしない、共犯者の微笑みにも見えたのである。