晴天の破片 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

予期せぬ出来事というものは残念ながら世の中に溢れかえっている。
ラザルは幼い頃に彼の主君に出会って以来、それをよくよく実感していた。
だが、ものには限度というものがあるだろう。むしろ限度があって欲しい。
つまり―――― 執務室の扉を開けた途端、上空に放り出されるなどというようなことは、あってはならないのだ。

「一体これは何なんですか!」
突然入った仕事を持っていつも通り執務室の扉を開けた男。
だが彼は、扉を一歩くぐった途端何故か地上に向って激しく落下し出してしまったのだ。
絶叫するラザルは魔女が魔法で拾い上げてくれたが、体の震えがすぐには止まらない。
彼はドラゴンの背に正座しながら、書類に目を通す王を見やった。
「何だと言われても。強いて言うなら移動執務室か?」
「せめて移動するなら地上を移動なさってください!」
「お前が勝手に滑り落ちたんだ。もっと気をつけろ」
オスカーは手早く書類に処理箇所を書き込んで署名すると、それをラザルに返す。
先程まで吹き荒れていた風は、書類が飛んでいかないようティナーシャが結界で避けてくれているようだった。
ドラゴンの首の上に座っている魔女を、ラザルは何とも言えない目で見やる。

ここ数日、彼女が王の仕事を肩代わりしていたことは知っている。それを手伝ったのは他ならぬ彼だからだ。
「少し休ませたいので時間を取りたいんです」という彼女に賛同して、だからこそこの書類を持ち込むのも気が引けて仕方なかったのだが、まさかこんな風に扉の外がドラゴンに繋がっているとは思わなかった。まず不可能だろうと思われることでも実現させてしまう彼女の力に二の句が継げない。
だが、確かにこうでもしなければオスカーに息抜きをさせることは難しいだろう。ラザルは書類に目を通してしまうと恐る恐る立ち上がった。
「で、では、私は帰ります……」
「次は落ちるなよ」
「出来れば本日中はもう執務を持ち込まないようにしたいです」
彼は両手で書類を抱えながらドラゴンの背を移動していく。
足場の悪さによろめきかけた時、オスカーの手が伸びてきてラザルの体を支えた。
扉まで送ってくれるらしい主君に彼は恐縮して頭を下げる。
「も、申し訳ございません」
「いや。そろそろ何処かに下りておく」
オスカーは言いながら扉を開けた。一見その向こうもドラゴンの背であり、執務室に繋がっているようには見えないのだが、ここをくぐればいいらしい。
そう言えば来た時も扉の中は普通に執務室に見えた、と思いながらラザルは扉に捕まって態勢を保った。何とか姿勢を正すと主君を振り返る。
「それでは、今日一日ゆっくりなさってください」
「ああ。悪い」
人と人との巡りあわせは不思議なものだと、ラザルなどは思う。
きっとティナーシャがオスカーの妃にならなければ、この主君はもっと息苦しい一生を送ることになっただろう。
だが彼は結局、自分にとって唯一無二の女を選んだのだ。
彼女はその力によって、知識によって、そして愛情によって彼の人生に新たな道を拓いていく。
それはラザルにとっても歓迎すべきことだろう。彼はオスカーの臣下であると同時に、古くからの友人でもまたあるのだから。
「……本当に廊下だ……」
一歩扉をくぐった瞬間、元通りの城の廊下に出たラザルは慌てて振り返る。
しかしそこに見えるのはいつも通りの執務室であり―――― 彼は苦笑しながら扉に「開けるな」と張り紙をすると、 主君の分まで仕事の続きをする為に廊下を駆け出していったのだった。