蛇の残像 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

彼女の体は、ちょうど少女と女の中間点にあるように見える。
柔らかな生地の服越しの肢体を観察して、そんな感想をオスカーは持った。
だが、「女」というものは要するに中身なのだろう。まもなく十八歳になるという彼の妻はその点彼からすると子供にしか見えない。
肉体年齢がもっと若かった時であっても、中身が魔女であった頃の彼女は妖艶さを見せることもあったのだから、肉体の成熟度とは 結局単なる要素に過ぎないらしい。彼女が愛おしいことは確かであり、強い恋情も覚えるのだが、肉欲を感じることはほとんどない。
もっともそれは妻によく似た容姿を持っていた娘の存在が影響しているのかもしれないし、もともとの彼の趣味のせいなのかもしれなかったが。
「オスカー」
振り返ると少女は彼に飛びついてくる。後先考えない全力ぷりだが体重が軽いので影響はない。オスカーは少女を抱きとめ、そのまま抱き上げた。
「どうした。何かあったか?」
「塩が溶けないの。教えられた通りにしたのに」
「入れすぎたんじゃないか?」
少々変わった育ち方をした彼女は経験というものがまったく足りていない。
かつては料理上手であった魔女もその為、現在は厨房の破壊者と化している。
ただ破壊されるのは料理の味だけではなく調理器具もだというのが甚だ問題であろう。
オスカーは少女を抱き上げたまま共に鍋の中を覗き込んだ。そしてすぐに問題の原因を悟る。
「……岩塩の塊をそのまま入れたら溶けないな」
「そうなの?」
「大体、こんなものどっから持ってきたんだ。見たことないぞ」
「あっち」
指差した方角にある部屋は、魔女が魔法薬の実験室として使っていた場所である。
おそらく魔法薬用の岩塩を持ち出してしまったのだろう。記憶が戻ったらどんな顔をするのか、オスカーは含み笑いを洩らした。
「塩はここに入ってる……が、お前にはちょっと棚が高いか。下に移動させとこう」
「ありがとう」
少女は彼の腕から飛び降りると鍋の隣に戻った。美しい横顔が湯気に触れてけぶる。
黒い睫毛が濡れたように艶を帯びるのを、彼は目を細めて見やった。
普段はあどけない貌が、光の加減か物憂げな翳を湛える。男の目に白い瞼がなまめかしく映った。

「オスカー?」
急に黙り込んだ夫を、少女は横目だけで見上げる。
そうすると途端に幼くなる妻に彼は苦笑した。華奢な体を猫を抱くように抱き上げる。
「何でもない」
「何でもない?」
「ああ」
それだけで彼女は納得したらしい。少女は細い両腕を男の首に回すと「大好き」と囁いたのだった。