相似の形 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

「トラヴィス!」
黒髪の魔女は喜色を浮かべて駆けていく。そのまま銀髪の男に飛びつき首にしがみついた。男は笑いながら彼女の体を抱き上げる。
「元気にしてたか」
「してた! トラヴィスは?」
「いつも通りだよ」
少女の体を床に下ろすと、トラヴィスは後ろで息子を抱いたまま苦い顔をしている男を見やった。からかうようにひらひらと手を振る。
「とって食ったりしねーよ。俺が取り上げた子供だしな」
「嘘を言うな! 取り上げたのはルクレツィアだろ!」
母親の反論に、フィストリアはきょとんとして振り返ると両親を眺める。
父は不機嫌そうであり、母は明らかに怒っているのだが、その理由はいまいち分からない。
そもそも父は何故かトラヴィスと仲が悪いようなのだ。
どちらのことも好きな彼女はそれを残念に思っていたが、「仲良くして」とはさすがに言えなかった。
それを言っては母とオーレリアが困ってしまうような気がしたので。
「父親のことが嫌になったら面倒みてやるから戻って来いよ」
「トリア! オーレリアのところに挨拶に行くから、もうこっちに来い!」
「え、あ、うん。……トラヴィス、またね!」
フィストリアが父親に連れられて見えなくなると、まだ赤子であるルイスを抱いたティナーシャは軽く溜息をついた。
人の悪い笑みを浮かべたままの友人に向って歩み寄る。
「あんまりからかうな。後が大変なんだ」
「煩い男だな。別れちまえ」
「嫌だ。無茶苦茶言うな」
トラヴィスは鼻を鳴らして笑うと、ティナーシャが抱いている赤子を一瞥した。
生まれてからほんの数ヶ月の小さな生き物は、周囲の騒ぎも意に介せずよく眠っている。
「……お前が二人も子を産むとはな」
「いい加減死ぬ決心がついたからな。別に不思議なこともない」
「でも、お前はその後も続くんだろ?」
「知っていたのか」
ティナーシャは軽く目を瞠って男を見返した。
彼女自身もつい一、二年前まで知らなかったことを、この男はいつから、どうやって知っていたのだろう。
それは不思議なことに思えたが、本来ならば彼は違う位階の最上位に属する男だ。人間には届かぬことが分かっていてもおかしくない。
ティナーシャは苦笑するとそれ以上同じ話題を続けることを避けた。「もう行く」とだけ言って踵を返す。
「好きなだけ足掻けばいい」
背中に当たるぶっきらぼうな言葉は、彼なりの激励なのかもしれない。
いつの間にそんなに人間くさくなったのか。
魔女は友人の変質に笑い出しそうになるのをかろうじて堪えたのだった。