双頭の蛇 13 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

部屋を出るなと、彼女は言っていたのだ。まもなくここは戦場になるのだからと。

「エズル殿下に協力して? また何故ですか」
「エズルの方がまだましだからです。今のメンサンの状況でリアスを王にしたら、この国は百年も持ちませんよ。
 二、三年のうちにあちこちに攻め込まれて、あっという間に戦乱です。そうしたらここは最前線になるでしょうね」
「はぁ。エズル殿下ならそうならないんですか?」
「エズルは戦術家として他国に一目置かれているみたいですからね。内政と合わせて数年補佐してやれば何とかなるでしょう。
 面倒ですが背に腹は変えられません」
「ティナさんは何でもできるんですね」
「一応長く生きてますから」

「それで、城都に行ってしまうって……あの少年のことはいいんですか?」
「あの人はこの国にいることの方が大事みたいですから。なら私は国を保ちますよ」

少しだけ淋しそうに彼女は微笑む。でも、嫌そうではなかった。それが愛しい少年の為になると思っているからなのだろう。

「この馬鹿!」
ミラードの剣から彼女を庇って立った時、モーラウが聞いたのはそんな声だった。
彼女を押し退けた右腕が熱くて彼は悲鳴を上げる。その場にしりもちをついてのた打ち回った。
転がる彼はすぐに襟首を掴まれ、腕に温かい力を注がれた。後から彼女が言うには、半ば腕が切断されかかっていたらしい。
彼女は魔法で元通り彼の腕を接いでくれたが、あまりの痛みにモーラウはその場で失神してしまった。
ミラードの方は彼女の反撃で一旦は右半身をずたずたにされたものの、彼女はそれも治癒したという。
代わりに消えてしまった記憶は、彼女が消したのではなく本人が忘れてしまったものだからどうにも出来ないと、彼女は苦笑していた。
城都に戻ったモーラウは、改めて謝罪と共に正式に婚約を解消した。
無言で解消を受け入れた女は、最近はミラードの見舞いによく行っているらしい。
そんな風にあっという間に時間は流れて…………そして彼はいつの間にか城でも上位の文官になっていた。

「ティナさん、これでどうですか」
「こことここがおかしい。直しなさい」
「いやぁ照れるなぁ。困っちゃいますね」
「さっさと直せ、変態」

彼が笑顔で書類を受け取ると、彼女は顰め面で横を向く。
城において彼女が笑うことはほとんどない。
ここにはあの少年がいないからだ。だから彼女の視線は誰の姿も追ったりしない。そのことをモーラウは密かに残念に思っている。

「ティナさん、僕が一流の文官になったら陛下の補佐は僕がしますから、彼のところに帰っていいですよ」
「何言ってるんですか。貴方に任せてなんて不安で仕方ありませんよ」

直した書類を渡しながらそう言うと、彼女は署名をしてそれを処理済の束に重ねた。
いつもとほとんど変わりない冷ややかな態度。
けれど、視線を逸らしたその表情が少しだけ微笑んで見えたのは気のせいではないと、彼は思っている。