双頭の蛇 10 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

それはまだ二人が山村で暮らしていた頃の話。

「滝があるんですか!? 見に行きたいです」
「別にいいけど。狩りのついでだし」
そんな会話をしてラジュとティナーシャは山に登った。地元の人間しか知らない獣道を行く。
後ろをついてくる女の足は到底山登りに向いているようには見えないのだが、魔法を使っているのか実に軽々とついてくる。
やがて二人は山の奥深くにひっそりとある滝の元へとたどり着いた。
もっともひっそりとあるというのは人に知られていないというだけで、その存在は充分大きな水音を響かせているのだが。
「絶景!」
「そりゃよかった」
手を叩いて喜ぶ女にラジュは苦笑する。彼にとっては見慣れたものだが、他所から来た人間には充分感動する光景なのだろう。
深い滝壺近くに立ったティナーシャは壮麗な佇まいの滝を見上げた。霧のようにかかる水飛沫が心地よい。
女は隣に立つ少年の手を取った。
「ちょっと上から見ましょう」
「え、待って、何それ」
止める間もなく彼女は宙に浮く。手を繋いでいたラジュも魔法の力を受けて浮かび上がった。ぐんぐん上昇すると滝を上空から見下ろす格好になる。
下に何の足場もない滝壺だけの光景に、彼はさすがに足が竦みそうになった。
「いい眺めですね。気が新しくなるようです」
「新しくなった気が済んだら下ろして欲しいんだけど」
「楽しくないですか?」
「慣れない」
大体彼女は何をするにしても魔法を使いすぎなのだ。もうちょっと堅実に行動するという選択肢はないのだろうか。
逃げ出そうとすると魔法で拘束される少年は忌々しさを覚えて、女の手を握ったままの指に力を込めた。ティナーシャは目を丸くする。
「何ですか。結婚してくれるんですか?」
「しない! 下ろせ!」
「残念ながら上空には逃げ場はありません」
「罠か!?」
彼女は嬉しくて仕方がないという顔で抱きついてくる。その体を引き剥がそうと努力しながらラジュはふつふつと沸き起こってくる怒りに顔を引き攣らせた。
まったく彼女はどうしようもない。少しは自重しろと言っているのだが聞く様子もない。せめて魔法がなかったらもっと可愛らしい女だっただろうに。
「…………魔法禁止」
「え?」
「魔法禁止! 禁止ったら禁止!」
鬱憤がついに叫びとなる。
気を晴らす為だけに出した大声、だがそれは、ただの不満では終わらなかった。
体が、ぐらりと傾く。
ティナーシャの顔が蒼ざめた。彼女は必死で右手を離すと何かをしようとする。
だがその努力は実を結ばないらしく、二人はゆっくりと滝壺に向って失速し始めた。彼女は小さく悲鳴を上げる。
「嘘っ! 待って!」
「何だ!?」
ラジュは反射的に落下しながら女の体を抱え込んだ。庇って、そして二人とも滝壺に落ちる。
叩きつけられる、と思った時、一瞬だけ体が浮くような感覚がしたが、結果としては水の中に突っ込んだ。
ややあってずぶ濡れになった少年が、ずぶ濡れの女を抱いて浮かび上がってくる。
幸い落ちる直前で勢いが和らげられた為か怪我はない。ラジュは小さく咳き込む女を水際に上げてやった。
「―――― 何今の」
「すみません…………。でも、出来れば私に触りながら魔法禁止って念じないでください……」
まったく意味の分からない魔法の不調。
その原因を彼が知るのは、本来の記憶と力を取り戻してからのことで――――
「お前はもうちょっと加減しろ」と言いながら同時に「魔法打ち消して悪かった」と謝る羽目になったのだった。