双頭の蛇 09 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

首の後ろを掴んで猫と共に風呂に入ったのに、出てきた時には猫がいなかった。
同室の少年が手ぶらであることにガートは目を丸くする。
「どうした! 流しちゃったか?」
「そんな馬鹿な。どっか行っちゃったんだよ」
「無理矢理洗おうとしたんだろ。そりゃ逃げるわ」
「そんなことはしてない!」
どこの変態だ、と口の中で呟いてラジュは自分の寝台に腰掛けた。
村で暮らしていた頃には、風呂上りなどはティナーシャが楽しそうに魔法で髪を乾かしてくれていたのだが、砦に移ってからは当然その習慣もない。
彼女は一体どこに行ったのか。まさかミラードに仕返しをしに行ったのではないかと、ラジュは想像して頭が痛くなった。
濡れた髪を拭きながら悩む少年に、ガートは軽い声をかける。
「な、お前、ティナ嬢好きなの?」
「何で!?」
「だって昼間割って入っただろ。普通やらないぞー。貴族の人間の腕掴み上げるなんて」
「あれは止めるだろ……」
「オレ無理。怖いもん」
いささかの情けなさを感じないわけではないが、普通に生きる兵士としてはもっともな意見である。ラジュは返答を避けて苦笑するに留めた。
「でも大変だぞー。貴族の愛人奪うってのは。若さで勝負するしかないな」
「勝負しないから!」
「つれなくされてもめげるなよ。諦めなければ機会はある」
「むしろめげて欲しい!」
執着されているのは彼の方なのだ。しかもちっとも諦めない。時々脅迫されている。もう少し手加減して欲しいくらいだ。
ガートは少年の苦悩を知らないので、怪訝な顔をしたが聞き返すまではしなかった。つまらなそうに嘯く。
「何だ。じゃあ諦めてモーラウにやっちゃうのか」
「やらない」
軽く返された答にガートは目を丸くする。
しかしその後何を尋ねられても少年は沈黙を保って、残念そうな同僚をよそにさっさと寝てしまったのだった。