お休みの日

mudan tensai genkin desu -yuki

城に戻って来たオスカーとティナーシャは、テーブルを同じくして食事を取っていた。その中央に大皿の料理が運ばれてくる。
皿の上を覆っていた半球上の蓋が取り去られると、魔女はその下にあるものを見て思わず絶句した。
―――― 大きな魚の蒸し焼き。実にいい香がしている。
が、彼女はかえって食欲がなさそうな顔でそれを眺めた。
「……これ、あの魚じゃないですよね」
「そんな訳あるか。持って帰ってきてないぞ」
オスカーは平然と取り分けられた皿に手をつける。だが、魔女は自分の前に置かれた魚の身をしみじみと見下ろしてかぶりを振った。
「私、すみませんが遠慮します」
「食べないのか? 別に構わんが」
「どうも足がちらついて」
もともと彼女はそんなに食事の量を必要としているわけではない。ティナーシャは食後のお茶に移ると、基本的にあまり動じない男を見つめた。
端整な顔立ち。仕草に気品が染み付いているのは育ちのせいだろう。仕事も出来るし剣の腕も立つ。これで性格がまともだったら欠点がないのだが。
もっともファルサス王家には彼女が知る限りまともな人間はいない。王としては申し分なくても私人として変人が多いのは歴代がそうだったのだ。
そう認識するとどっと疲れがこみ上げてきて―――― ティナーシャは深い溜息をついた。
「どうした?」
「いえ。もっと別の場所に塔を建てればよかったなーと思って」
「ああ。なら移築するか。城都のすぐ西にでも移せばいいだろう」
「逆だよ! 遠くに行きたいんだよ!」
「そうか。残念だ」
男は大して残念でもなさそうに微笑しながら酒盃に口をつける。
何を考えているのかよく分からないが、幼い頃から呪いによって未来を制限されている彼は、その身に重圧を受けながらも折れることなく、逆に何もかもを飲み干すよ うに意識しているのだろう。苦境さえも楽しむ剛毅さが彼を強い人間としている。おそらくそこに到るまでには心身共に多大な努力を必要としたに違いない。
そんなことを考えると、ティナーシャは少し彼に触れたくなる気がする。
頭を撫でて飴を与えるわけではないが、確かに貴方は頑張っているのだと、彼の親でも臣下でもない一人として伝えたくなるのだ。
「―――― もし、呪いが解けたらどうします?」
そんなことを彼女は聞いてみる。自分が介入した以上、必ず何とかしてやるつもりはあったが、それを彼がどう思っているのか気になった。
オスカーは酒盃を置いて彼女を見返す。黄昏が過ぎた後の青い瞳に魔女は少しだけ見惚れた。
「さて、どうするかな。記念にお前とどこか遊びにでも行くか」
「……別にいいですけど」
「今度は海釣りにしよう。面白いものが釣れるかもしれん」
「絶対嫌だ!」
この男なら海竜を釣ってしまいそうな気がする。
自分の想像に戦々恐々としながら、魔女はファルサス王家と関わってしまった自分の不運を呪いたくなったのだった。