王と黒猫 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

上からざばざばとお湯をかけられる。黒い毛が濡れてべったりと全身に張り付いた。ティナーシャは目を閉じてそれをやりすごす。
猫になった彼女。その彼女はまさに王の望み通りに「しょぼん」としていた。大きな手が泡を立てて耳の後ろを洗っていく。
「痒いところはあるか?」
「ないですよ! っていうかもうやめてくださいよ!」
「嫌だ」
オスカーはじたばたする子猫を抱き上げると肉球の一つ一つを丁寧に洗った。ぎゅっと押すと爪が出るところなど本物とまったく変わりがない。
彼が庭で猫になって日向ぼっこをしていた妻を、後ろからそーっと忍び寄って捕まえたのはつい十分前のことだ。
彼女は当然ながら転移して逃げようとしたが、転移禁止の構成を張られてそれが叶わなかったのである。
首の後ろをつままれ愕然と吊り下げられた彼女を、オスカーは機嫌よく持ち運ぶと風呂で洗い始めた。
人間の姿に戻らないのは「戻っても洗うぞ」と彼が釘を刺した為であろう。
「流すぞ。耳閉じてろ」
「あーうー」
ぺたりと伏せた耳の上にまたお湯がかけられる。それを二、三度繰り返されるとティナーシャは全身を震わせて水気を切った。
「あんまり洗うと脂がなくなっちゃうんですよ。ぱさぱさになりますよ」
「香油を塗ればいいのか?」
「……よくないです」
ティナーシャは部屋に戻ると猫の姿のまま自分の魔法で毛を乾かし始めた。べったりとしおれていた毛並みがほわほわになっていく。
オスカーは乾ききった猫を抱き上げると、まだ温かい毛並みに満悦した。
「よし、すっきりした」
「私は疲れましたが……。何で空中移動より難しい構成先に覚えてくるんですか」
「実用性重視だ」
「猫を洗うために魔法を覚える人間はいません」
「次は毛を乾かす魔法を習うか」
「…………」
何故この男はこうなのか。ティナーシャは猫の前足で頭を抱える。
その後、度重なる訓練でオスカーは一通りの重要構成を使えるようになったが、行き詰る度に彼女は洗われ、一時期はいつもほわほわな状態になっていたのだった。