mudan tensai genkin desu -yuki
皿が割れる小気味がよい音が鳴り響く。
オスカーは背後から聞こえてきたその音の原因がよく分かっていたからこそ黙ってこめかみを押さえた。
振り返るとそこには少女が立っている。
彼女は床に落ちて粉々になった皿を目を丸くして見下ろしていた。
「割れちゃった」
「また落としたな、リースヒェン」
「とてもつるつるするの。取っ手をつけたらいいのに」
「全ての皿に取っ手がついていたら大変だ」
オスカーは破片を拾い上げようとする彼女を退けて、自分がそれを拾い始めた。その間に少女は箒を取りに厨房を出て行く。
彼女と二人、この館で暮らし始めてから一ヶ月が経過しているが、割られる皿の数は増える一方だ。
そういう呪いでもかかっているのかと疑ってしまうほどだが、どうやら単なる不注意らしい。
小走りで戻ってきて箒で破片を掃きだす彼女をオスカーは苦笑して見つめた。
慣れない家事を覚えようとする少女の姿は甲斐甲斐しいというよりは、ちまちましている。
小動物が空回り気味に働いているのによく似ているのだ。事実あまり役には立っていない。
だがそれでもやってみたいという意欲を買うのと、働く姿が可愛らしいのでオスカーは何枚皿を割られても今のところ放置している。
数十年ぶりに再会した愛しい女にも拘らず、どうしても最後の一線を越えて手を出す気になれないのは、彼女があまりにも幼いところを残しているせいだろう。
少女は破片と箒を片付けて戻ってくると首を傾げた。
「床に厚布を敷き詰めたらどうかな。落としても割れないかも」
「それよりまず落とさないよう気をつけろ」
「つるーっていっちゃうの。ごめんなさい」
「一枚一枚に名前をつけるといい。気をつけるようになる」
オスカーが笑いながらそう言うと、少女は納得したのか手を叩く。その姿にもういない彼の娘が重なって見えた。
かつて彼の娘が魔法具用の硝子玉を壊してばかりいた時に、母親はそう言って注意を促したのだ。変わったことを言うなと思ったからよく覚えている。
果たしてその作戦が功を奏したのか、リースヒェンはその後しばらく皿を割らなくなった。
しかしその代わりに鍋を爆発させることが増え……オスカーを悩ませることとなったのである。
Copyright (C) 2008 no-seen flower All Rights Reserved.