闇火 05 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

第二十二代ファルサス国王、ウィル・ノルス・テンプス・ラス・ファルサスはその時、執務を終え自室に戻ったところであった。
彼は妃の手からお茶を受け取って礼を言うと、深い溜息をつく。
「どうかなさいましたか? 陛下」
「うーん。最近ルイスが夜、いないんだよね」
クリスティネは夫の言葉に首を傾げた。たっぷり数秒考えた後、彼女はもう一度聞き返す。
「ご自宅に帰られているのでは?」
「違う違う絶対違う。今、忙しくて城に泊まってばっかりだし。朝には帰ってきてるんだよね」
「なら何かご事情がおありなのでしょう。心配される必要はございませんわ」
「ううう……」
妻の答はどう考えても理にかなっている。ルイスは有能な宰相で、強力な魔法士で、二十四歳の男だ。
それでもその彼が、ウィルにとっては大事で仕方ない弟であることもまた確かだった。
「き、気になる……どこで何してるんだろ」
「気にされないでください。誰にだって私生活はございます」
「そうなんだけど。……あー、もし結婚して他国に行きたいとか言い出したらどうしよう。やだなー」
「………………」
「姉上は仕方ないけど、ルイスは男だから残ってくれると思ってたんだけどな」
臣下にはとても聞かせられない発言にクリスティネは苦笑した。
これが王として優秀な宰相を手放したくないというのなら、冷たいながらももっともであるのだが、彼はただ弟にどこか遠くへ行って欲しくないだけなのだ。
まるで子供のように自分の想像で凹んでいる王に、彼女は溜息を飲み込んで優しい声をかける。
「そのようなことを仰らなくても、ルイス様は転移をお使いになれますから。遠くに行かれてもすぐに会えますわ」
「うん」
「だからどんな姫君を紹介されても、結婚しちゃ駄目とか言ったらいけませんよ」
「う。……何かみんなどんどんどっか行っちゃって淋しいね」
かつてこの城にいた先代王もその妻も、王女であった姉もいまはこの城にはいない。
王母のスタシアはこの季節は祖国のタルヴィガに戻っている。その為今、城都にいる王族は王夫妻とその息子、そしてルイスだけなのだ。
物心ついた時から家族に囲まれて暮らしてきた彼には、少しずつ離れていく家族に思うところがあるのだろう。
普段は表に出すことはないが、時折王妃には淋しさを零すこともあった。
ウィルはお茶を飲み干すと天井を仰ぐ。少し顔の角度を変え、隣にいる妻を見つめた。
「俺にはクリスティネがいてくれてよかった」
「私はいつでも陛下の傍におりますわ」
アカーシアの主人として、この国の王として立つ青年はふっと笑顔になる。
彼が、弟に一人の少女を紹介され、彼女と結婚して城都の屋敷に住むと言われた時、諸手をあげて喜んだのは言うまでもない。