闇火 04 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

体がだるい。汗をかいて気持ち悪い。
熱にうなされる浅い夢の中、ルイスは寝台の上で身じろぎした。
しょっちゅう熱を出しているわけではないが、彼にとってこういう風に寝込むことは少なくない。
強大すぎる魔力に幼い体がついていけないのだ。それは、魔力に馴染みにくい男の体であるがゆえに仕方のないことだった。
本当ならば今日は前々から、母と姉兄たちと一緒に旧トゥルダール地方へ外出することが決まっていた。
かつてのトゥルダールの土地を整備する為に下見にいくという名目のもとであったが、ルイスは母の祖国の跡を見ることをずっと楽しみにしていたのだ。
けれど今日になってこの発熱だ。
母はルイスの為に日程を延期すると言ったが、彼は姉も兄も今日を楽しみにしていたと知っていたので「平気だから行って来て」と頼んだのである。
息苦しい。体が熱い。一人の寝台はとても心細い。
けれどルイスは弱音を飲み込んで寝返りを打った。
母は自分だけの母ではない。姉にとっては勿論、兄にとっても母であり、何よりもこの国の王妃なのだ。
我侭は言えない。彼は心の中でそう繰り返して唇を噛む。
そうして気持ち悪さを堪えていると、やがて彼の意識はまた深い眠りの底へと沈んでいった。

目が覚めたのは額をひんやりとした何かが拭っていったからだ。
ルイスはうっすらと目を開ける。固く絞られた白い布がまた近づくと、今度は耳の後ろを拭いていった。
母が帰ってきたのだろうか。ルイスはぼやけた焦点を合わせようと努力する。
「……父上」
「起こしてしまったか? 具合はどうだ」
彼の枕元に座り、布で彼の汗を拭き取っているのは、現在の国王であり彼の父親である男だった。
他には誰もいない部屋でオスカーは息子の額に手をあてると頷く。
「熱は下がったみたいだな。何か食べられるか?」
「まだ……あんまり……」
「なら水分だけでも取れ」
差し出された吸い飲みに口をつけると、ルイスは乾いた口内を潤した。大きな手が黒い髪を撫でていく。
その確かな感触に安堵すると共に、多忙なはずの父がこんな時間に隣にいることに、彼はいささかの不安を覚えた。
「父上、お仕事は」
「ちゃんとやってる。心配するな」
父は苦笑して背後のテーブルを指す。確かにそこには厚い書類の束が出来ていた。処理済と未処理で分かれているのか山は二つになっている。
ここに仕事を持ち込んで子供の具合を見ながら処理していたのだろう。ルイスは嬉しいような申し訳ないような気分になって、顔をほころばせた。
「眠いならまだ寝てていいぞ。退屈なら何か話でもしてやるが」
「……なら、こないだの……タァイーリの暗黒期の、外交について……」
「…………別に構わんが、具合が悪い時にそんな話でいいのか?」
ルイスが頷くと父は呆れ顔になったが、一呼吸おいて希望した通りの話をゆっくりと始めてくれる。
低い声はまるで水のように心地よく彼の中に染み入った。
途切れぬ歴史と政治の話に重なって、時々絞られた布が彼の汗を吸い取っていく。
父は話が一段落するとまた眠り始めたルイスの瞳を覗き込み、「具合がよくなったらナークで海に連れて行ってやる」と笑ったのだった。