闇火 02 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

彼女の為に、特別に作られた城の奥の小さな厨房からは部屋の外にまで甘い香が漂ってきている。
スタシアは、焼きたての菓子を十個、慎重に皿に取り上げると窓を開けた。外で遊んでいる子供たち三人に声をかける。
「焼けましたよ! おいでなさい」
「はーい!」
「行く!」
子供たちの声が唱和した。すぐに彼らは子犬のように転がりながら、スタシアの部屋へと駆けて来る。
女官や精霊が手洗いをさせてしまうと、子供たちは行儀よく椅子に座って目の前に菓子が置かれるのを待った。
フィストリアが手の平に包み込めるくらいの焼き菓子を手に取りながら尋ねる。
「スタシア様、今日はどこの国のお菓子?」
「三百年くらい前の北東の国のお菓子ですわ。文献を元に再現したのですよ」
「いただきます!」
「召し上がれ」
子供たちは一斉に菓子に口をつける。スタシアは微笑ましくその様子を眺めながら自分も菓子を手に取った。

「…………………」
「…………」
「…………ははうえ」
苦しそうな呻きはウィルのものだ。言われたスタシアも絶句しており、何も返せない。
確かに味見はしなかった。焼かなければ食べられないものなのだから仕方ない。だがそれでも、子供たちに出す前に味見をすべきだった。
甘いようなねっとりとしたような何ともいえない混然とした味。一体三百年前の小国の味覚はどうなっていたというのだろう。
フィストリアが食べかけの菓子を持ったまま放心していると、横から小さな手が伸びて大皿の上に残る焼き菓子を取っていく。
「ル、ルイス」
「え? たべちゃだめ?」
「いいんだけど、その……」
『美味しいの?』という疑問がスタシアとウィル、そしてフィストリアの間で無言のうちに交わされた。
しかし、ファルサス王家の末弟はまったく気にせず嬉しそうな笑顔で菓子をもくもくと消費していく。
周囲の何ともいえない視線が彼の挙動に集まったが本人はすっかり夢中のようだった。

結局十個の焼き菓子のうち七個は彼の胃の中に収まった。
その後しばらくスタシアは「またあれ作って」というルイスのお願いに真剣に悩まされたという。
―――― 後にトゥリディアス公爵となるルイス、彼の「美味しい」の幅は非常に広い。