mudan tensai genkin desu -yuki
彼女の来訪はいつも突然だ。
突然だが突然なりの理由があることもまた確かである。
その日たまの休日を自分の屋敷で過ごしていたルイスはだから、姉の来訪に驚きはしたもののそれを予想の範囲内として扱った。
結婚から数年経つにもかかわらず、いつまでも稚気が抜けない雰囲気のフィストリアはにんまりと笑って弟に挨拶する。
「あなたの妻になるって子に会いに来たわよ。紹介してよ」
「―――― 姉上、お体はもういいんですか。先月出産されたばかりでしょう」
「二人目だし、平気平気。もう少し大きくなったらつれてくるわ」
「僕から伺いますよ」
言いながらルイスは立ち上がると侍従に婚約者である少女を呼んでくるよう命じる。
まもなく彼の妻となる彼女は身寄りがない為、城都にある彼の屋敷の離れで暮らしているのだ。
「何歳差だっけ。まだかなり若いって聞いたけれど」
「若いと言っても十六歳です」
「八歳差かぁ。でもよかったわ。私、あなたは結婚しないかと思ってたから」
「僕も思ってました」
それでも彼女に出会って、散々あった末に気が変わってしまったのだから人の縁とは不思議なものである。
かつて四百年の時を経て父に出会ったという母もこんな気分を味わったのだろうか。ルイスは、今はもう二人とも死亡したとされている両親を思い出す。
少女が案内されてやってきたのはその時だった。
彼女は戸口のところでフィストリアに向かって深々と頭を下げ、名を名乗る。
客人が婚約者の姉であり、王族であることに対しての丁寧な礼はしかし、フィストリアのあけすけな態度によって迎えられた。
「初めまして。ああ、よかった。あなたに会えるのをずっと待っていたのよ」
「え……?」
「ウィルはすぐ結婚してくれたけど、ルイスはずっとその兆しがなかったから。積もり積もったものを何処にぶつけようかと思っていたの」
「姉上?」
「今日一日たっぷりつきあってね。色々子供の頃の恥ずかしい話があるから」
戸惑いを隠せない少女とは対照的にフィストリアは上機嫌である。
その機嫌の源泉がどこにあるのか悟ったルイスは珍しいことに顔を引き攣らせた。
「ちょっと待ってください、姉上……」
「まずは精霊の像をアヒルの像にして欲しいって言い出した時のことからかしら」
「覚えていませんよ!」
人間たちが声を上げて騒いでいる部屋の窓の外、空中には一人の少女が逆さに浮かんでいた。赤い髪は風もないのにゆらゆらとなびいている。
そこに不意に男の声がかかった。
「よ、久しぶり」
「久しぶりって……たかだか五年かそこらでしょ。人間くさいこと言わないでよ」
ミラが顔を上げるといつの間にか隣にはカルが浮いている。男は笑いながら肩をすくめた。
「俺が一番人間くさくなったみたいだな。エイルなんか全然変わらないだろ」
「まったく。相変わらず寝てばっかいるし。アヒルにでもなってりゃいいのよ」
投げやりな声にカルは、お前も随分人間くさくなったな、と言いかけてやめた。薄白い空を見上げる。
七百年を越えても変わらぬ人の世の空は、ひどく茫洋とした姿で二人の精霊の視線を受け止めていた。
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