過ぎし日 のおまけ

mudan tensai genkin desu -yuki

初日から稽古でぐったりとしたネイドを、兵士の宿舎の一つに案内する途中、アルスは向こうからやって来る二人の魔法士に気づいた。
軽く手を上げて挨拶する。
「猫から戻ったのか?」
「猫になってたのはドアンだけだ。俺はなっていない」
「体痛いんだよ……。しかも減給だ」
白々と答えるレナートとげっそりしたドアンの組み合わせに、アルスは肩をすくめた。
何か言おうとして、ふと背後にいる少年の存在を思い出し、前へと押しやる。
「ネイドというんだが、魔力制御の訓練をしてやって欲しいんだ。どちらでもいいが……」
「あー了解了解」
腰を手で押さえながら適当な返事をするドアンに、少年は不信を募らせたようだった。目に見えて不機嫌そうになる。
「訓練してやるだけだぞ! オレは魔法士なんてならないからな!」
「ほーう。威勢のいいガキだな」
次期魔法士長候補と言われる男はにやっと笑うと短く詠唱する。
と同時に少年の体は宙に浮かび上がり始めた。
一体何が起こっているのか、ネイドは四肢をバタバタと動かしもがく。
「なんだよっ! 下ろせ!」
「口には気をつけろ。俺は今、自業自得で機嫌が悪い」
「大人げないな」
平然と突っ込むレナートも介入して下ろしてやる気はないらしい。ネイドは天井近くまで持ち上げられ、もがもがと暴れている。
アルスはどうやめさせるべきか、一度痛い目を見させるべきか悩んで少年を見上げた。
だがネイドはそれでもめげていないらしく、息荒く下の3人を睨みつける。
「この根性悪! 魔法士ってのはみんなこんななのかよ! 魔女もどうせ意地の悪い女なんだろ!」
「今、何か言ったか?」
ネイドの禁句に軽く眉を上げたレナートが指を弾くと、少年はそのまま逆さづりになる。
彼は今度こそ目を白黒させて悲鳴を上げた。
にやにやと笑っているドアンをアルスは呆れた目で見やる。
「そろそろ下ろしてやれ。子供なんだから」
「いや、最初に礼儀を叩き込まないとな。それに俺が下ろすって言ってもレナートは聞かないと思うぞ」
「だから禁句って言ったんだが……」
「もう一度さっきの言葉を言って見ろ、少年。今度は濠に叩き込むぞ」

空中で叫び続ける子供と、下からそれを見上げる男三人。
異様な光景は悲鳴を聞いたのか、駆けつけてきた王妃によって止められることとなった。
真っ黄色のドレスを着たティナーシャが「何をしてるんだにゃん! 子供を苛めちゃ駄目だにゃん!」とネイドを下ろすと
少年本人は恐怖のせいか毒気を抜かれたのか床の上にへたりこみ、臣下三人は王妃の受けた罰に何とも言えない顔になったという。
以後、ネイドの制御訓練はティナーシャが担当することになったのだが、彼はその後一生涯彼女のことを「魔女」とは呼ぶことはなかった。
それが初日から受けた罰のためか、それとも彼女自身に惹かれたからなのかは誰も知らない話である。