mudan tensai genkin desu -yuki
「ただいま」
「ティナーシャ様、おかえりなさいっ!」
夜になって帰ってきた魔女はミラに出迎えられて笑顔で手を振った。
屋敷でお茶を飲んでいたカルとセンが目礼する。11の精霊の主人である女は辺りを見回して彼らに問うた。
「フィストリアとオーレリアとトラヴィスは?」
「フィストリアはさっき寝た。オーレリアは城の舞踏会。トラヴィス様は帰って来てない」
「帰ってきてないって……舞踏会こんな時間までやってないだろう。トラヴィスはついに死んだかな」
「誰が死ぬか、アホ」
ぞんざいな声と共に姿を現した男は腕の中に屋敷の主人を抱き上げていた。
怪我を負ったのかところどころ血が滲んでいるオーレリアは、今は深い眠りについているようである。
ティナーシャは眉を顰めて彼女の様子を見つめた。
「何があった?」
「王に謀殺されかけた、から王には呪詛をかけてきた」
「何だそれは……ふざけた話だ」
魔女は忌々しく吐き捨てると髪をかき上げた。
そういう彼女も魔法着のあちこちは切り裂かれ服に血が染み込んでいるのだが、誰もまったく気にしていない。
彼女がオーレリアの代わりに最上位魔族の女と戦っていたことはこの場の全員が知っていることであり、そして幾許かの怪我を負ったとしても彼女が負けるはずがな
いこともまた周知のことであったからだ。
オーレリアを部屋へ運ぼうとする男の背にティナーシャは声をかける。
「呪詛って何をかけてきたんだ?」
「退位するように命じた。自分から転んでくれたからな。丁度いい」
「退位って……そうしたらオーレリアが即位しなければならなくなるじゃないか。傀儡にすればよかっただろう」
「飾り物でもあんな男が上にいると思うと腹立たしいんだよ。昔からこれを女王にしてやろうと思っていた」
「待て待て。オーレリアは王になりたいとは思っていない」
トラヴィスが振り返る。ぶつかりあう強者二人の視線に、同室の精霊が緊張の眼差しを送った。
しばしの沈黙の後に魔族の王は皮肉な笑いを浮かべる。
「面倒なことは助けてやるさ。このまま異端視されているより国を統べる力を持つ方が幸福だ」
力こそ価値であると、疑いもしていない男に向かって瞬間ティナーシャはひどく悲しげな目になった。視線をはずしかぶりを振る。
「……お前は肝心なところが分かってないのだな」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前はそれが欲しくてオーレリアの傍にいるんじゃないのか?」
魔女は疲れ気味の声で問いだけを投げかけるとさっさと踵を返した。娘が眠る部屋に向かって引き上げていく。同時に精霊たちの姿も消えた。
眠る女と共に静寂の中残されたトラヴィスは鋭い視線で女が出て行った扉を見やる。
「くだらねーことを。お前も忘れて、裏切られたくせに」
沈んでいく呟きを聞く者は誰もいない。トラヴィスは腕の中の女に目を落とし、そっと抱き直した。
王の乱心とその後明るみになった様々な問題をめぐって、ガンドナでは4ヶ月間にわたりしばしの権力闘争が行われた。
その過程でオーレリアは王の野心に胸を痛め、ついには自分が代わって国を治める決心をつける。
だが、その意を告げた時トラヴィスもオーレリアも明るい表情にはならなかった。
すれ違う二人が回り道の果てにようやくお互いの隣を居場所として落ち着くのは、彼らと共に暮らしていた魔女が自分の塔に戻った、しばらくの後のことである。
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