少年の足跡

mudan tensai genkin desu -yuki

予想がつかない、ということがある。
その原因は主に情報の蓄積が足りない為か、もしくは蓄積されていても規則性が見出せない為であろう。
だから人は予想がつかないという予想だけを頼りに起こりうることに対応しなければならない。
一方、予想がつかない人間、という存在もいる。
その原因は主に当人の性格にある、とラザルは決め付けていた。
絶対性格のせいだ。それ以外の何ものでもありえない。
どうしてもっと謹んでくださらないのか、言っても言っても聞いてくれないがいつも言っていた。
扉をノックする。
少し遅れて返事が返ってきた。
その間がいつもと違うと感じたのは蓄積された情報の為だろう。
ラザルは叫びながら扉を開ける。
「殿下!」
「何だ?」
答えた少年は剣を手にとっているところであった。
室内着ではない旅をする剣士のような外出着にラザルは自分の予感があたったことを知る。
「そんな格好をされてどこに行かれるんですか!」
「南東の山の麓に遺跡があると知ってるか?」
「知ってますよ! 何か魔法仕掛けがあって立ち入りが禁止されているところでしょう!」
「なら話が早い。行くか」
「立ち入りは禁止されているんです! 禁止! 入っちゃ駄目!」
肺の中の空気を全て使い切ってラザルは肩を上下させた。
言われた少年の方はまったく堪えていないのかけろりとしている。
15歳のなったばかりのこの王子はまったくいい性格をしていて、自分の身分も弁えずすぐにどこにでも出かけてしまうのだ。
毎回それに付き合わされたり、制止しきれない制止を繰り返している身としてはいい加減何とかして欲しい。
一体いつになれば落ち着いてくれるのか、まったく予想がつかなかった。
オスカーは簡略した装備を確認すると、ラザルの前まで歩み寄りその肩を叩く。
「よし。エッタードに見つかる前に行こう」
相手が逆らうなどと思ってもいない笑顔にラザルはがっくりと項垂れる。
この主君が大人になって落ち着くまで自分は生きていられるのだろうか……
縁起でもない考えに現実逃避しながら、ラザルは半ばオスカーに引きずられその日城を抜け出したのだった。

遺跡は城都から馬で3時間程のところにあった。
4つの小さな山が連なる麓、森の中に隠れるようにして立ち入り禁止の札が立てられている。
打ち付けられた木の間をくぐるようにして二人は洞窟の中に忍び込んだ。
ラザルが深い溜息をつきながら手に持った明かりに火を灯す。
オスカーはそれを見て首を傾げた。
「魔法士を誰か連れてくればよかったか」
「被害を拡大させようとしないでください。殿下が魔法を覚えればいいじゃないですか」
「向いてないし。それにどうせその内アカーシアを持つからな」
大陸に棲む五人の魔女のうち一人を祖母に持つ少年は、平然と嘯くと朽ちかけた通路を歩き出す。
ラザルはあわてて護身用の短剣を抜きながら彼の後を追った。
この遺跡に足を踏み入れるのは二人が初めてではない。
記録では30年前に調査隊が中に入り、報告書を作成している。
その結果「立ち入り禁止」となったのだが、理由は解析できない魔法の仕掛けが各所に点在しているからというものであった。
大陸では400年前の魔法大国トゥルダールの滅亡により、いくつかの魔法の技法が途絶えてしまった。
その為それ以前、更に暗黒時代初期の魔法ともなれば、今の知識を以っても解けないものもままあるのだ。
この遺跡はどうやらファルサス建国前に当時この辺りに住んでいた人間たちが作ったものらしいが、
紋様に起こされた魔法は1000年に近い時を経ても未だにその力 を失っていない。
オスカーは抜いた長剣を軽く振りながら、躊躇いもなく通路を進んでいく。
彼には恐れと言ったものがないのだろうかとラザルはつい悩んでしまった。
このままではいずれ魔女の塔に行くとか言い出しそうで非常に怖い。
どうもオスカーは魔女の血を引いているせいか、幼い時魔女に会ったことがあるせいか、「青き月の魔女」の塔を気にしているようなのだ。
だがいくら彼でもアカーシアなしに魔女のところには行かないだろう。
逆に言えばアカーシアを継いでからが本当の災難の始まりではないかとラザルは予感していた。
沈む気持ちを引きずりながらラザルは通路を歩いていく。
と、前を行くオスカーがふと立ち止まった。
「どうかしましたか?」
「いや……お前はどれくらいの距離を跳べる?」
「は?」
幼馴染の素っ頓狂な声にオスカーは無言で横にずれる。
その先、どこまでも続くかと思われた通路には、横幅いっぱいにわたって黒々とした深い穴が開いていた。

目測して反対側まで距離は十数歩くらいであろうか。
おそるおそる覗き込むが底は見えない。どうなっているのか知りたくもない。
ラザルはむしろ清々しく笑った。
「これは無理ですね。さ、帰りましょう殿下」
「誰が帰るか。これくらい跳べばいいんだ」
「無理ですよ!!」
「ならおぶされ。俺が跳ぶ」
あっさりとそう言う主君にラザルは頭を抱えて絶叫した。
「貴方はもっと人の意を汲んでください! 帰りたいんですよ!」
「理解はしてるぞ。無視しているだけで」
「私への嫌がらせですか!?」
まったく、こういう人間なのだ。付き合っているだけで寿命が縮まっていく気がする。
ラザルが抗議を通り越して萎れている間にオスカーは長剣を鞘に収めると、幼馴染に背中を向けて屈んだ。
「さ、行くぞ」
もう何を言っても意味がないに違いない。
ラザルは乾いた笑いをあげながら非礼をわびると少年の背中に乗る。
自分とはまったく違う、よく鍛えられた体は軽々と大して年の変わらぬラザルの体を負った。
オスカーは数歩退いて助走の距離を取ると走り出す。ラザルは主君の背中でぎゅっと目を閉じた。
石を蹴る軽い音。妙な浮遊感。
随分長く感じられたのは緊張の為であろう。
着地する軽い衝撃と共に二人は反対側に降り立った。
オスカーはラザルを下ろしながら暗い穴を振り返る。
「よし、行けた」
「帰りはどうされるのですか……」
「帰りも跳ぶ」
「………………」
とても疲れる。体ではなく精神が。
にもかかわらずいつも彼についてきてしまうのは何故なのだろう。
本気で嫌がれば無理強いをするような人間ではない。根は優しい少年なのだ。
それでもラザルはいつも何だかんだ言いながらオスカーの後について広く美しい国土を駆けていく。
だからきっと、彼自身が見てみたいと思っているのだろう。主君と同じ景色を、少しでもその後ろから支えながら。

遺跡の奥深く入り込んだ二人は、結局は魔法で封じられた扉から先に進めず引き返す羽目になった。
「アカーシアを継いだらまた来るか」
と軽く言う少年に頭を痛めながら、ラザルはふと彼の隣に並ぶことになるであろう女性はさぞ大変だろうな、と思いを馳せる。
その予感が当たったのか当たらないのか、王となった彼の妃には大陸最強の魔女が収まることになるのだが、それはまだ先のお話。