日常のお話

mudan tensai genkin desu -yuki

小さめの肖像画と釣書を重ねる。
それらを確認しつき合わせながら10組ほど纏めてしまうと彼は腕の中に抱えた。
向かう場所は城の執務室である。
扉を叩いて中に入ると、机に向かっていた彼の兄は目に見えて苦い顔になった。
「ルイス、また?」
「またです」
平然と返すとルイスは執務机の上に持ってきた肖像画を積み上げた。一番上の一枚を兄に向かって差し出す。
「家柄と容姿で選んであります。気に入った女性がいたら教えてください」
淡々とした弟の指示にウィルは頭を抱えた。
20歳になる直前にアカーシアを継ぎ、現在23歳で来年には即位を控える彼は今のところ恋人も情人もいない。
その為、娘を嫁がせたいという王侯貴族や結婚を勧める臣下たちで半ば混沌としている状況なのだが、中でも最も率直に勧めてくるのがこの弟だ。
4歳年下の彼は兄の片腕として執務をこなし国内外の狐狸を巧みに捌いているが、そのせいか兄の隣が空席であることを問題視しているらしい。
ウィルは両手で頬杖をついたまま弟を半眼で見上げた。
「そういう家柄とかじゃなくってさ……」
「別にすぐ結婚しろとは言ってませんよ。ただ候補を選んでくださいと言っているだけです
 それに家柄を基準にしたくないなら好みを言ってくださいよ。考慮しますから」
「うーん。と、言われても。よく分からない」
「兄上は仕事ばっかりでほとんど女性と口もきかないじゃないですか。これじゃ勧めたくもなります。
 遊び相手でもいいので女性に興味がないとか噂が立つ前に適当に選んでください」 
「遊び相手って」
「父上の結婚前は……」
「親のそういう話は知らないでいたい!」
がっくりと執務机に突っ伏して叫ぶ兄にルイスは表情を変えなかった。ただ小さく肩をすくめただけだ。
そういう弟の方はまったく私生活を明らかにしていない。
他国からは若くして「剃刀」とも称されるルイスこそ擦り寄ってくる女性には冷淡なのだ。
室内には他に人間もいない為、くだけた態度を取っているウィルは顔を伏せたまま疲れた声音で呟く。
「大体順番から言ったら姉上が先じゃないのか?」
二人の姉、24歳になったフィストリアは相変わらず城にいる。
母親によく似た絶世の美女に成長した彼女だが、魔女である為か性格のせいか結婚の予定は今のところない。
ルイスは唇の両端を上げて笑った。
「姉上は多分行き遅れになりますから。彼女に合わせていたら大変ですよ」
「…………へぇ? 面白いこと言ってるじゃない?」
部屋の中に沈黙が満ちる。
ウィルは恐る恐る顔を上げた。
扉が開いた気配はなかった。にも拘らずその前にいつの間にか一人の女が立っている。
腕組みをして二人の弟をねめつける彼女は微笑を浮かべていたが、闇色の瞳はまったく笑っていない。
何と声をかけるべきかウィルが言葉を探す間にルイスは半身で振り返った。
「先日、言い寄ってきたセザルの王族をふっ飛ばしましたよね、姉上。
 あの後始末に僕がどれだけ奔走させられたと思ってるんですか」
「初対面なのにベタベタ触ろうとするあの男が悪い。それより何? 行き遅れ?」
「24で未婚は王族の女性としては崖っぷちですね」
「あなたを崖から落としてあげようか?」
パチパチと二人の間で魔力が爆ぜるのを見てウィルは慌てて立ち上がった。腰のアカーシアを確認する。
だが彼が机を回って二人の間に入るより早く、ルイスは決定的な一言を告げた。
「姉上もいつまでもその調子なら体の成長を止めた方がいいですよ。行き遅れに拍車がかかります」
フィストリアは刹那硬直する。しかし彼女はすぐに何事も聞かなかったかのように嫣然と笑った。
白い右手を弟に向かって差し伸べる。
次の瞬間、唐突な爆発音が城内を揺るがした。

城の奥宮で本を読んでいた男は壁を伝わる振動音に顔を上げた。
隣で首を傾げる精霊の頭を軽く叩く。
「何だ今のは」
「フィストリアとルイスじゃないですか」
「またか。仕方ない奴らだな。後で3人とも説教だ」
「3人なんですか……」
「反応が遅い」
まるで見ていたかのように言う男に精霊の女は首をすくめると、小さな欠伸をして男の体に寄りかかり目を閉じた。

気分を激しく害したらしき姉が転移して消えてしまうと、ある意味慣れている二人の弟はてきぱきと執務室を片付けた。
防ぎきれなかった力が壁に大穴を開けてしまったが仕方ない。
とりあえず風が吹き込まないよう結界が張られる。
疲れたのか盛大な溜息をついて執務机に戻ったウィルにルイスは別の書類を差し出した。
「では見合いはいいですから、こちらに目を通しておいてください」
「何これ」
「逆見合い書類です。1週間後のガンドナの式典に出席する女性の中で問題がある女性を挙げておきました。
 彼女たちには関わらないように注意してください」
「すごい書類だな……」
受け取ってぱらぱらとめくると素行や来歴、評判、親戚などがその原因として連ねられている。
10人程の名前をウィルはざっと見て頷いた。
「分かった。ありがとう」
彼がそう礼を言うと、ルイスは柔らかく微笑して頭を下げた。

そうやって釘を刺したにも拘らず、ウィルは結局1週間後、
注意した女性の中でも最も問題があった「忌み姫」という通称で呼ばれる女性を連れて帰ってきてしまうのだが、
ルイスは「気に入った女性が出来てよかったです」と言っただけで何の反対も述べず、ただ彼女を王妃として娶れるよう手を尽くしたという。