睡眠時間

mudan tensai genkin desu -yuki

第二十一代ファルサス国王の正妃、ティナーシャの朝はまったく早くない。
本当は早くなければならないのだが、寝起きの悪い彼女は、体質的にいつも朝は寝台で半死になっている。
妻とは違い夜明けと共に起きるオスカーは、その日も目を覚ますと、隣で昏々と寝ている魔女を見やった。毎日の習慣として口を開く。
「ティナーシャ、朝だぞ。起きるか? 起きるわけないよな」
たった三秒で済んだ恒例行事は、オスカーが即諦めたことにより終了した。
彼は妻を寝台に残すと、自分の支度を整え始める。

「あああああああああ、寝坊しましたすみません!」
言いながら王妃が執務室に飛び込んで来たのは、オスカーが執務を始めて既に三時間余りが経過した時のことだった。
書類に向かっていた彼は、苦笑すると顔を上げぬまま返す。
「気にするな。お前が朝起きてこないことは計算済みだ」
「い、いえ、出来ればそんなにさらっと諦めないで、怒るとか起こすとかして欲しいんですが……」
「お前を風呂に入れてると俺が遅れる。諦めて寝坊しろ」
「この体質が恨めしい!」
目が覚めてから全速力で支度をしてきたのであろう魔女の髪の毛は、後ろがほわほわと浮き上がっていた。
オスカーは彼女を手招いて膝に座らせると、猫にするようにその髪を撫で付けていく。
大きく息を吐いて男の腕にもたれかかった魔女は、闇色の瞳で夫を見上げた。
「新年の儀って夕刻からですよね」
「ああ。まだ時間あるから寝なおしてもいいぞ」
「寝なおしませんよ! どれだけ私は寝るんですか!」
「お前、俺と出会ってから半分くらいの時間は寝て過ごしてるな。
 四百年生きてきて起きていたのは二百年くらいなんじゃないか?」
「そ、それはさすがに嘘だと思いたい……っていくらなんでも半分は寝てませんよ!」
「寝てても面白いからいいけどな」
王は妻の体を小さく抱きこむと、執務を再開した。
その間、ティナーシャは「そんなに寝てないですよね? ね?」と必死で訂正を求めたが、彼は笑うばかりでそれには答えなかったという。